「手放した」のか「諦めた」のか、その見分け方とは?

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先日の「手放す」勉強会。
過去の「手放し経験」を、各々(瞑想状態で)思い出してもらい、そこから全員参加で体験をもとにヒントを紡ぎ出していったのですが、勉強会の最後に

『これは、手放したのか、諦めたのは分からない瞬間ってないですか?』

という、とてもよい質問がでました。

『「手放す」と「諦める」の違い』

ここで、このコラムを読んでいるあなたに聞きたいのですが、

あなたは、「手放す」と「諦める」を判別できますか?

例えば・・・自分がこうだといいなと思うのに、そうならない事が、人生には時々起ります。

その場合、あなたは、何かを諦めたのでしょうか?
それとも、あなたは、何かを手放したのですか?

実際は、どちらなのか・・・たしかに判断が難しいものです。

勉強会の最初に、瞑想状態で過去の手放し体験を心身で味わった参加者から口々に出た意見は、非常に良いところを突いていました。

「それをした後の、(心とか体の)感覚が全然違う」

ということです。

それでは、どう違うのか?

「手放した」場合、

手放した後、自分が以前よりも成長したと確信できる。
そして、手放した自分が前より、好きになっている。
とても軽くて明るい開放的な感覚!

という意見がでました。

私が解釈するに、手放した人は、自分を苦しめる「Aでなければ」「Bじゃないと」という執着が無い状態です。人生(自分または他人や環境)がAであってもBであっても幸せになれます。だから、本人も以前よりも自分のキャパシティが大きくなって成長していると分かるし、そう感じている。

そうなると、自然とそんな自分が以前より誇らしかったり、好きになっている!ということではないでしょうか。

反対に、「諦めた」場合

自分や人のことを、以前より嫌いになる。
悲しくなったり、腹がたったり、苦しくなる。
暗くて重い閉鎖的な感覚。

というような意見がでました。

私の解釈では、「諦め」とは、Aであるべきと思うのにAでないイライラや、Bになりたいのにならない怒りや悲しみ、そうならない自分や他人や環境に対して嫌気が差した挙句に、心のシャッターを閉めてしまう事なのかな、と思います。そうして感じる孤独感や、やるせなさ。

シャッターを閉めた事で、自分や他人、あらゆる人生の展開を受け入れるキャパシティは以前より小さくはなっても、大きくなってはいない事に本人も薄々気付いています。

そして、「あの人は、別にあのままでいいんだし・・」「自分は、コレでも別にいいんだけどね・・」と思い込もうとしている自分が、ある瞬間から疲れてきて、いきなり悲しくなったり、孤独を感じる。

きっと、本人も諦めたのであって、実は手放せていないと、どこかで気付いているのかもしれません。

しかし「手放す」のも、簡単な事でもありませんよね。

そんなにすぐに出来たら、神様とか仙人レベル。

私も、前回のコラム↓「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法

http://www.hypnotice.jp/index.php?action_column=true&column_id=86

で書いた、腫瘍が消えたという自分の経験を振り返ってみると、最初その状態を改善しようと全力を尽くしても無理だった5ヶ月位で、私も諦めそうになった瞬間は多々あったように思います。

諦めて飲み込んだつもりになると、ある時、ふと悲しくなるのですね。切ない感じ。そして、ザワザワと消えない不安。

でも、やれる事をやり尽くした後、最後は、どちらもドントコイという心境になっていきました。

健康なのに不幸な人もいれば、病気で幸せな人もいる。
裕福なのに不幸な人もいれば、貧乏で幸せな人もいる。

つまり、健康でも病気でも、裕福でも貧乏でも幸せになれる。

そうであれば、腫瘍があっても、なくてもいいんだなと。手術してもいいし、しなくてもいいし、この先これで死んでも、生きても、どちらでも大丈夫なんですね。なんだ、全部いいんだなぁ。

そう思えたところが、最後やっと「手放せた」ところだったのかなと思います。

ただ、よろしくない不正出血がずっと続き、かなり自分の中の山も谷も越えていく必要があったので、「手放す」という事は、簡単にできたことではありませんでした。(そして、簡単にできる必要も無いと思います)

そして、手放した感覚になった直後の検診で(発見から5ヶ月半、7回目の診察で)、いきなり腫瘍は姿を消すわけですが、これは何かを物語っているように感じます。

苦手な人を受け入れて手放すと、そういう人に苦しむ事はなくなる

とよく言います。

人生は、それと同じなのかもしれません(^^)

思い通りにならない人や自分や出来事は、人生に付き物です。

そんな時、「諦める閉鎖感や孤独」 よりも 「手放した開放感と伸びやかさ」を。

それを、たくさん感じていけたなら、人生はもっと自由でもっと輝く。そんな気がします。

「手放す」勉強会に参加して一緒に考えて下さった皆さん、良い質問を投げかけてくれた皆さん、深い叡智を有難うございました!


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