コラム

物を捨てれば、自分が見える!

前々回コラム「掃除の仕方と潜在意識の、親密な関係とは?

そして前回の「掃除で分かる?あなたの洗脳度!」と、潜在意識と掃除について2回連続で書いた所、以前より「掃除も片付けもできなくて・・」という声が私の元に寄せられるようになりました。

掃除や片付けは、その方の生き方と、無意識で深~く深~く繋がっています。

実は最近、個人セッションご継続の方には、宿題として、掃除をしながら潜在意識を書き変えるというセッションも(必要に合わせて)行っています。

つまり、掃除や整理を通して、考え方や行動を変える。
というセッションなのですが、今日は、それを通して生き方も激変したTさんの例をご紹介したいと思います。(Tさんにご了承頂いてのご紹介です)

Tさんの相談は、「仕事がどんどん増えてしまう。切り捨てる事に罪悪感がある」「そのため、競馬の馬のように働いているが、体調が優れなくなり休職している」「でもまた仕事に復帰するので、同じ事を繰り返さないようにしたい」ということでした。

色々お話を伺った後、私は、家の中について伺ってみました。

仕事やお願い事などを抱え込みやすくなると、その心理状況は、部屋の中にも大きな影響を及ぼします。

そうすると、やはり「最近では、不要なものを捨てることが出来なく、使ってない物も家の中にたくさんある」とのことでした。

そこで、催眠療法のイメージトレーニングや自己暗示で潜在意識を書き換えながら、(行動療法として)次回までの宿題としたのは、

「まずは、物を切り捨てていく練習する事」でした。

要らない物を捨てられない癖のある人は、自分が必要ないと思っている考えも捨てられないからです。

次回セッションまでに、本でもキッチン用品でもいいので、自分が取り組みたいものを決めて「必要」「不要」「どちらでもない(決められない)」に分けること。「不要」の箱に入ったものは全て家の外に出した状態で次回のセッションに来ること、を宿題としました。
(家の外に出すというのは、誰かにあげても、寄付しても、捨てても良いので、とにかく家の外に出すというルールです)

白か黒、必要か不要かに分けようとすると、人間は判断に時間がかかりすぎて、結局前に進めません。

だから、白と黒とグレーを作って、どれかにボンボン入れていくだけ!そして、黒だけ家の外に出す!というのを最初の一歩にしたわけです。

Tさんは、特に大量の本が家にあるということでしたので、

まずは簡単なところだけ、例えば本だけでもOKなので・・・と伝えて、Tさんにお帰り頂き、その一ヵ月後、またTさんはやってきました。

そうしたところ、行動したTさんは、すごいことになっていました!!

どうなっていたと思いますか?

実は・・・

「お洋服は3分の1に、本は4分の1に減っちゃっいました。すっきりですよぉ~」と言って、一ヵ月後、セッションに戻ってきたのです(笑)。

これには私も、さすがにびっくり。
あまりの変化に、ふたりで笑いの絶えないセッションとなりました。

そして、(前回のセッションの時は休職中でしたが)この時、既に仕事復帰していたTさん。

ここまで捨てることができるようになれば、働き方にも絶対に変化があるはずです!
そこで、聞いてみたところ、仕事に戻った日に、早速、必要・不要・どちらでもないに分けたそうです。そして、

「仕事復帰した日に、自分の机の上の書類をほとんど全部シュレッダーにかけてしまいました。良く考えたら、そこに溜めなくても、会社のどこかで誰かはそのファイルを持っているし、必要な時はまた印刷したらいいですからね。机の上は、ものすごくスッキリです」

ということで、あまりの捨てっぷりに、同僚から「え・・もしかして、辞めちゃうの?」と心配されてしまったほどだったとか。

また、地位のあるポジションにいたTさんは、以前は、あれもこれもと「会社にとって、やったほうがいい仕事」を、どんどんやってしまい体調不良になっていました。
でも、復帰後は、そういう思考や行動もなくなっていました。

そんなわけで、捨てる事への罪悪感が無くなった事で、本当に必要なものを残す事ができるようになったのです。
宿題をきちんとやってくださったTさんの行動力は素晴らしいものがあります!

そして、掃除を通して、そのスキルや思考を身につけたら、それを他の事に適用するのは思った以上にラクです。(というか、基本的には自動的に適用されていくのが自然です)

この調子であれば、また仕事で「したほうがいいこと」を抱え込みすぎてしまうことも無いでしょう。

万が一、仕事を切れなくなってきたら、物を捨てる原点に戻って家を掃除すると、また感覚を取り戻すことができます。

部屋も、自分の中の思考も、不要なものは捨て、必要なものだけ残せれば、人生はもっとシンプルで気持ちよくなります。

実は、私も元々物が捨てられない人でしたが、この方法でラクでシンプルな人生に生まれ変わったひとりです。さらに部屋も綺麗になり、広くなり、不要なものを買わなくなるので、本当に一石三鳥以上です。人生に幅広く役に立つスキルだと思います!

自己改革は、お部屋の中からもスタートできる!のです。

このような行動療法を取り入れたセッションは、継続セッションで必要かつ希望される方に行っていました。しかし、11月からグループセッションでも行うことになりました。

その名も「一石三鳥!部屋を綺麗にしながらお金も溜まる自己改革グループセッション」。自分の中も部屋もすっきり整理したい方は、セミナーページをチェックしてくださいね。

今回Tさんの話も、全て書くと長すぎるため、かなり詳細やプロセスを割愛してご紹介しました。グループセッションでは、そういう点についても是非しっかりお話したいと思っています。

最後に、激変したT子さんから、メールを頂きましたので、そちらをご紹介して終わりたいと思います。

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セッション受けて良かったです、本当に。ありがとうございました。
今、お部屋には本当に良い気が流れています。
良い気を持つこと、よい気に囲まれること(その環境を自身で作ること)が幸せに通じるんですね。

そして、何かをする時に本当にこれが本物で自分にとって必要なのか、考えられるようになりました。やみくもに何でも飛びつかないというか。

そうするときっと良いものだけが、自分にきちんと残るようになっていくんでしょうね。

どうもありがとうございました。
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「動機」と「結果」の法則~天職が見つかる人・見つからない人~

みなさんは、自分の仕事が好きですか?それは天職ですか?

私は、いまの仕事が自分にとって、適職であり天職だと思っています。

(生活があるのでお金は頂いてますが)お金をもらわなくてもやってしまうくらい愛しているのが、今の仕事です。だから勉強も全然苦になりません。なぜなら、頼まれなくても読みたい本を読んでいる=勉強、だからです。

その上で、お金を頂いて、誰かのお役に立てる&喜んで頂ける、ということは、本当に素敵な瞬間だなぁと思うのです。

私の周りを見渡すと、すごく好きな仕事を見つけた友人達は、全員いつもニコニコ&ワクワクしていて、なぜか仕事が上手くいっています。「好きこそ、ものの上手なれ」とはいったものです。頼まれなくてもやってしまう事が仕事なら、誰よりも夢中になれます。全てのプロセスが楽しいのです。そんなオーラの人とは、誰もが一緒に仕事をしたくなり、その人の提供するものに興味がでてきます。だから、結果的に上手くいくのは当然なのかもしれません(^-^)

私が多くの相談にのってきて、必ずいえる法則があります。

それは、人生で、仕事や恋愛で、満足しきれない結果になる人というのは、「動機」が最初からズレている、ということです。

「動機」は「種」です。

みかんの種からは、みかんの実がなります。そうですよね?

同様に、あなたの行動も、動機(種)の時点で、結果(実)が決まります。

その「動機(種)」の中に「恐れ」「不安」「心配」の感情があると、あなたが刈取る未来の状況、つまり結果(実)は、「恐れ」「不安」「心配」の感情を含む未来に繋がっています。

りんごの種からは、りんごの実しかならないからです。

ですから、

「~~なったら大変だから、~~しておこう」
「~~できないかもしれないから、今は~~しておくしかない」

という「恐れ」や「不安」を含んだ気持ちで、今を選択し続けて行くと、未来は必ず「これままで自分はいいのだろうか・・」という「恐れ」や「不安」を含んだ結果になるのです。

相談にみえた方に、この話を時々すると、
「あ!まさに、そんなかんじで生きてきました!!」「本当に、私にあてはまってます!なるほど、だから今こうなんですね・・」と全員が口をそろえてそういいます。

それを続けると、間違いなく、人生の袋小路に入ります。

恋愛でも仕事でも人生でも、動機がマイナスであった方は、何かを回避するために行動しているだけ。そうすると、当然、人生がどんどん思わぬ方向に行ってしまうのです。

これをこれからも繰り返せば、今後の人生はもう見えています。

逆に、上手く行く人というのは、種(動機)がプラスの感情から始まります。

「~~したいから、~~する!」
「~~~にワクワクするから、これをやっていこう!」
「~~している瞬間に喜びを感じるから、こうなりたい」

というプラスの動機で何かを始めるのです。
(これは、何かを避けたいというマイナスの動機ではありません)

そうすると、蒔いた種(動機)が、「喜び」「ワクワク」「楽しみ」ですから、刈取る実(現実)は「喜び」「ワクワク」「楽しみ」が手に入ります。

イチゴの種からは、イチゴの実が。
喜びの種からは、喜びの実が。
ワクワクの動機からは、ワクワクの結果が。

行動の種、つまり動機(の裏の感情)が、そのまま結果(実)に繋がる。

この法則を見出してからの私は、何かを始めるときに、動機の裏に、不安や恐れや心配がないかどうか、注意深く自分を内観します。
動機の中に「恐れ」があったなら、それをやった結果はもう見えてしまいます。だから、それを選択することはありません。
その不本意な未来に繋がる選択からは、勇気を持って撤退します。

逆に「ワクワク」「喜び」が動機そのものであるときは、結果がわかりますので、勇気をもって飛び込んでいくことができます。

どんな人も、そんな日々の積み重ねが、今この瞬間の人生に繋がっているのです。

「ソース~あなたの人生の源は、ワクワクすることにある~」の著書であり「ソース」創始者のマイク・マクマナス(Mike MacManus)は、

「ワクワクすることをしていると望むものが引き寄せられる」

と言っています。

ワクワクを積み重ねている友人は、全員が「本当に、その通りだよね~」と言います。私もそう思います。

何か上手く行っていない時、いま100%満足しきれていない状況を

「~~しないために~~する」
「~~になったら不安だから(怖いから)、~~しておく」

ために、選択していないかどうか、もう一度見つめてみましょう。

そのままの動機なら、予想通りの未来がやってきます。

「~~したいから、~~する」
「~~するのがワクワクするから、~~しよう」

であれば、これまた予想通りの素敵な未来に繋がるはずです。

もう一ヶ月もしないうちに新年がやってきます。

年末年始は、いままでを見直して、未来を見つめる良い時間です。

これからの生き方を含めて、じっくり内観してみましょう(^-^)

ヒプノーティスでも、新年企画で、皆様の2010年を応援していきます。動機を見つめる&ワクワクをみつける「ソース」のワークショップを年始に行う事を決定しました。ひとりだとやらないまま終わりそうという方、自分の源(ソース)って何かじっくり見極めたい方、ひとりで考えると、またいつものパターンにはまりそう・・という方は、ぜひ(少人数ながら)みんなで楽しくやりましょう(^-^)

「ワクワクすることをしていると望むものが引き寄せられる」

2010年が、皆さんにとってワクワクと輝くスタートになりますように!

★ヒプノーティスでは、ワクワクの源泉(ソース)をみつけるソース・ワークショップもやっています!
 新年の計を見つける新年1月のソース詳細は、セミナーページから。

ひどく揺れる飛行機、あなたの運を決めるのは!

以前のトモコラムで、
「衝撃の機内放送、あなたならどうする?」↓↓
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_pastcolumn=true&column_id=71
を書きました。

今日もまた実話、飛行機のお話です。
それは・・・沖縄に出張したK君に起こりました。(K君の日記より許可を得て抜粋)

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この8月6日(木)は、ニュースでもたくさん取り上げられてたが、大型台風が沖縄県を直撃した日。多くの飛行機が欠航、欠航、欠航・・・。
だが、奇跡的に自分が予約した朝のJALの便は飛んでくれた。

しかし、飛行機は揺れに揺れた。

泣き出す子供もいたり、 キャビンアテンダントさんに
「この飛行機大丈夫ですか?」と質問するおばちゃんもたくさんいた。

機内は、そんな混乱ぶり。

機長さんからは
「今沖縄県上空は○ノットの風が吹いており、 この風が○ノット以上だと着陸に危険が及ぶので羽田に引き返す可能性があります。」

と何回かアナウンスも入った。

が秀逸だったのは、JALのオペレーション。 感動した。

というのは、無事に那覇空港に着陸した時のアナウンス。

無事に着陸できたのは、完全に、機長さんの腕の良さにも関わらず、

『本日はご搭乗ありがとうございます。 台風の影響で、羽田に引き返す可能性も非常に高かった中、今、無事に那覇空港に到着できたのは、ご搭乗頂いているお客様皆様の強運のおかげです。お礼申し上げたいと思います。ありがとうございました!』

という機長アナウンスが機内に流れた。

その瞬間、乗っていた、お客さんはほぼ全員が拍手をしていた(実話)。

「いやいや、機長のおかげでしょう!!」なんて大声を 上げている人もいた。

飛行中の高ぶる不安感直後の、上記アナウンスだったので、お客さんの感情の高ぶりも一層高かったんだと思う。

当然、自分も「いやいや、今回JALで良かったよ。 こちらこそありがとう!!」って気分だった。

紛れもない事実として、そこには搭乗者の一体感も生まれていて、

間違いなく、JALのこの飛行機に乗って良かったと思っているお客さんだらけだった。

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このKくんの日記を見たとき、なんか光景が目に見えるようでジーンとしつつ、

命の危険をも感じるような揺れに揺れたフライトでさえ、運がいいと感じるも、運が悪いと感じるも「選択なのね」としみじみ感じました。

機長が通常のアナウンスだけしていれば、大半の人は、降りたとき

「この日に台風になって、こんな揺れる飛行機に乗るなんて、本当に運が悪かった~」

と思っていたかもしれません。

もっと最悪なのは、機長が、

「本日は、大変運悪く、皆様に多くの怖い思いをさせるフライトになってしまい、残念でした。申し訳ありませんでした」

という表現で締めくくるタイプのアナウンス。

こういうコメントは、「長年の飛行の中でも、今日はやはり最悪なフライトだったのか!」「そんな運の悪いタイミングで飛行機に乗るなんて、やっぱり本当にツイてなかったんだな」というマイナス方面を、もっと強化させてしまいます。

でも、機長は、ほっとしたお客さんに

『台風の影響で、羽田に引き返す可能性も非常に高かった中、今、無事に那覇空港に到着できたのは、ご搭乗頂いているお客様皆様の強運のおかげです。 お礼申し上げたいと思います。ありがとうございました!』

と伝えることで、

この飛行機に乗った=ツイてない、運が悪い

を、

この飛行機に乗った人=ツイてて、強運だった

と無意識にリフレーミングしてしまいました。そうすると、乗客も

「なんか、この飛行機に乗れてすごくよかった気がする!」

「いや~ホント私って強運みたい、今日のフライトも・・・」

という気持ちになってきて、そうやって人に話します。

恐怖や心配な時、人はいつもの考え癖で解釈しますから、普段から、常にプラスに捉える考え方をしている機長さんだからこそ、とっさに出る素敵な一言だったのでしょうね(^-^)

ちなみに、不安や恐怖を強く感じた後というのは、誰かの言葉が潜在意識に深く入りやすいときです。もし、機長さんが、ここで運の悪さを謝罪すると、乗客も運が悪いと認めてしまうことになって、みんなをブルーな気持ちにさせます。
でも、強運な人たちばかりなので無事着陸までこぎつけたと感謝すると、心底ラッキーな気持ちにさせてしまいます。

空港に着いた後の乗客の時間までも、ハッピーにする機長さん。
最高です!

ちなみに、スカイネットアジアの離陸直前のアナウンスはこんなのがあったそうです。

「お荷物はしっかりと抱えてください。お子様連れのお客様は、お子様を大事なぶんだけしっかり抱きしめてあげてください。」

いいですね~。アナウンスひとつで、愛が深まるドキドキな瞬間。

揺れる時も、大切なお子さんをしっかり抱きしめるコミュニケーションの機会になったら最高です。

こういうコメントを言える人たちは、

「目の前にある事実は同じでも、考え方や、言葉の使い方で、最高にも最悪にもできる。」

そう理解して、日々生きている人。

現実は「ただそうである」だけで、解釈するのは私達。

最悪を最悪のまま終らせるも、最高にして終らせるも、

それは毎回、自分の腕次第。

そう思うと、改めて身が引き締まるようであり、気持ちよい自由も感じる私でした(^-^)

誰もが天職にたどり着く「方程式」

前回コラムで、↓「動機」と「結果」の法則~天職が見つかる人・見つからない人~
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_column=true&column_id=83
について書いたところ

「自分の天職が未だにわかっていない自分がいることに、改めて気づきました」

というような反応を、色々な人から頂きました。(ご連絡くださった皆様、ありがとうございます!)

実際、そういう人はとても多いと思います。

昔は私も、なにが天職か全然分かっていませんでした。
「この仕事が天職だと思うわ~」と迷い無く言える人を見て「すごいな~」と憧れつつ、どこかで「(仕事って大変なものなのに)そんなことってありえるの?」と思っていました。(そんなこと思っているから、そういう仕事をやることになったのだと、後から分かったのですが)

そもそも、天職を探求したことがあるという人は、どれくらいいるのでしょう?

天職(自分が本当の喜びを持ってできる事)を真剣に探求したことが無ければ、それが手に入るはずはありません。

たとえば、ある日「気付いたらアメリカにいたんです!」ということはありませんよね?(もしあったら、アブナイです)
アメリカに行こうと思ってアメリカに来たわけです。

人生も同じ。

「求めよ、さらば与えられん」という言葉がありますが、

天職(自分が本当の喜びを持ってできる事)を本気で求めなければ、天職にたどり着かない。

それがノーマルだと思います。

天職だって、捜し求める中で、だんだん近づいていくもの。

私が思うに、天職というのは、仕事(職業名)じゃなくて、要素だと思います。

それに気付いていない人は、仕事(職業)で考えるから、ますます混乱しているように感じます。

この世の中に「この職業になれば、私は絶対幸せになる」という唯一絶対のものがあるのでしょうか?

多くの方々と話してきた結果、私はそう思いません。

誰でも、日々の生活の中で、自分が楽しい要素、あると嬉しい要素、ワクワクする要素、お金をもらわなくても無意識にやってしまう好きな要素、があると思います。

それの要素がたくさん入っていれば、それがその人の天職(ライフワーク)。

さらに、それで生活していくのか(生活費を稼ぐのか)、プライベートで充実させていくのか?は、その人の選択次第です。

自分に向いている要素を、仕事にすれば幸せなのか、そうしないほうが楽しいのか?そういう判断もあります。

それに、たとえそれがいますぐ収入に繋がらなくても、すごく大好きでやっていれば、好きが高じて、結果的に収入になってしまう人もたくさんいます。これぞ、好きこそ、ものの上手なれ。

収入になってもならなくても、楽しい要素・ワクワクする要素・好きな要素・ついついやりたい要素というのは、人生にあったほうが絶対にハッピー。

それは誰しもがうなづくことです。

それを、仕事と限定して枠を作って考えることで、今の&過去の自分の仕事に入っていない要素を、全て見落としてしまうのです。

だから、要素は、仕事の中だけでなく、人生全体を見て探していくことが大切です。

そして、その「好きな要素」を明確にさせて、それが多いほうへ、多いほうへと、人生の舟を漕いでいけば、行き着く先には、もっとハッピーで心豊かな場所が待っているはずです。

天職というのは、昨日と同じ日々を延々送っていては、見つかりません。
そして、考えているだけでも、見つかりません。

考えているだけで、いきなりアメリカに到着するはずがないのと同じです。

人生を変えるのは、昨日と違う「ちょっとした行動」。
それも「その要素」へと向かう「ちょっとした行動」。
その「積み重ね」が、その人を天職(自分が本当の喜びを持ってできる事)へと導くのだと思います。

「その要素」×「ちょっとした行動」×「積み重ね」=>天職

もし天職を求めるのであれば、いつか天職に必ず近づきます。

もし2010年を、天職(自分が本当の喜びを持ってできる事)に繋がる一年にしたいなら、

その「好きな要素」を自分で認識して、それが多いほうへ、多いほうへと、人生の舟を漕いで、そんな行動を積み重ねる2010年にしていきましょう。

その行き着く先には、もっと光り輝く自分が待っているはずです。(^-^)

着実に変化する人だけが理解できる「ひとつの真実」

最近、1~2年前に個人セッションに来た方々に、久しぶりにお会いさせて頂く機会が多くありました。
その中でも、数年前にあがり症で通って来ていた数名に、最近、偶然にも連続でお会いした際、その方々の大変化っぷりに感動してしまいました。

当時は、人前にでると、頭が真っ白になり、手足はブルブル震え、冷や汗がダラダラ流れ、普段の力さえ全然出せない。次を思うだけで胸が苦しく不安になり、そればかり心配していると、さらにうまくいかない。そんな悩みを抱えていらっしゃった数年前。

5~6回連続通って(あがり症の場合、真剣に継続する方は5~6回でコツを掴んでくる方が多い)、ある程度コツをつかんで変化してきた所からは、自分なりに日々応用して頑張っていたそうです。どう活かしているかも具体的に色々お話してくださいました(具体的に話せるのは実践の証拠ですね)。

そして、いまでは
「人前で演奏するのが楽しくなりました!」「舞台が、今では楽しみなんです」
と人前のチャンスを増やしていっているだけでなく、
「頼まれて、人に教えることになりました」「教える側になろうと思います」
とスクールやレッスンで、生徒に教える側になろうという段階にきていたのです!(なんという大変化でしょうか!)

1~2年前の自分では、まったく想像していなかった自分に変化することができる。

それは真実だと思います。

それは、あがり症に限らず、私が7500人以上の方々と接してきて思います。そして、セッションで出会った方々を見ていると、セッションを活かして本当に変化していく人には、共通した特徴があります。

●結果がでるまで諦めず続ける
●応用して、自分なりに日々に取り入れていく事ができる
●何かを人のせいにせず、この瞬間を自己責任で生きようとする

この3つの姿勢です。

逆にいえば、これがない人は変化は難しいでしょう。

デニス・メドウズ博士は言いました。

「右肩上がりに、一直線に変化していけるのは、やさしい問題だ」

まさにその通りなのです。そのようなやさしい問題は、悩むに至ってないはずです。

しかし、デニス博士は、こうもいっています。変化しようとする人は(多くの場合)

「一直線に解決したいということに、非常に執着する」

そうなのです。

この執着が強すぎると、変化ができないのが普通です。

なぜなら、執着が強ければ強い程、一直線で変化できない事に、すぐ自分の中で、不満や不安が溜まってしまうからです。

そうなると、一直線で解決できない原因は何かとネガティブに考え始めるので、自分や他人を責めはじめます。そうすれば、必然的に、精神状態が悪化して、何事も続かなくなるというスパイラルに入るのです。

そういう思考の人は、セッションでも、一直線の変化への執着が、言動のあちこちから伝わってきます。

でも、デニス博士がいうように、人生でも、自分の根幹にかかわる課題や悩みというものを、そんな一直線に解決できる人を、私は見たことがありません。

右往左往して、時に回り道をして、時に戻り、また進み、山や谷を越えて、そうやって、次の扉にたどり着くのが人間だと思うのです。それは、人生のどんな問題も、どんな人間関係も。

そして、矛盾するようですが、「そのプロセスが一直線でないと、どこかで理解しているかどうか」が、最終的に変化するスピードに大きく影響を与えています。

私が思うに、人間はひとりで悩んでも、カウンセラーに相談したとしても、結局、自分の心の中で変化していくプロセスの道のりは、同じ道です。

例えば100キロの道は、どうがんばっても100キロの道。
目の前の登山道は、ひとりで登っても、ふたりで一緒に登っても、同じ道です。
山道が変化するはずはないように。

ひとりで必死に登っているのに、やる気を失ってしまったり、なぜか同じ道をグルグルして迷ってしまった時に、そのままひとりでいるほうがいいのか、誰かほかの人がいるほうがいいのか?
もし誰かほかの人がいたほうが、もっと客観的になれるとしたら?

人間は、雪山で遭難しても、ひとりより、ふたりのほうが、なんとしてもがんばろうという気持ちが維持できるように、誰かを伴う事で、諦めず、歩き続けることができるとしたら?

それによって、歩き続ける事で、頂上に早くたどり着く事は確かです。

そんな時、パートナーになるのが、カウンセラーでありセラピストです。

自分ひとりなら、しんどくなる度に道を引き返したり、違う山に上ってみたり、やはり途中で嫌になって投げ出してしまったり・・と、頂上につくのに10年かかる。そこを、誰かと一緒にひとつの山を一定期間集中して歩き続ける事で、例えば1~2年で、その山の頂上に着いてしまう。そういうことなのです。

ただ、カウンセラーが一般的なお友達と違うのは、(自分が相手をどうさせたいか?ではなく)クライアントさんのペースでゴールに向けて一緒に歩くというところでしょう。

本人がやる気を失って立ち止まれば一緒に立ち止まって話を聞き、早く乗り越えたいと主張するなら、ものすごいハードな崖に一緒にトライしていき、寄り道や回り道を選ぶとすれば、それも必然として付き合う。

(これをご本人が理解しているはどうかは別として)
その立ち止まりや、近道のための崖のぼりも、寄り道・周り道は、例えその人が、ひとりで変化していく道を選んだとしても、必ず通る道であり心の風景なのです。

このプロセスを全てを潜り抜けていくこと=先に進むこと、とわかっているからこそ、カウンセラーは、そこを一緒に歩くのです。

変化までの、道のりを魔法のようになくすことも、短くもできない。
でも歩き続けることで、ゴールに到着するであろう時間は確実に早まる。

どんな人も、心の中の道のりは、結局は、自分で歩くしかない。

自分で歩くと腹をくくっている人は、迷っても、整理するのに一瞬時間を使い(例えば、セッションを一度受け)後は、また自分で山や谷を越えるのだとわかっている人。
または、しばらく誰かと一緒に歩いてもらう事で(しばらくセッションに通い)、ひとりよりはふたりで知恵を出し合いながら、めげずに前進し続け、あとは自分でいけそうだと思った場所から、またひとりで歩き始めるとわかっている人。

私は、そういう人が、ひとりで歩き始めた背中を見るのが好きです。

自分の人生を自分の足で進むと腹をくくって前を見る、その後ろ姿はかっこいい。
それは、そこからは何かあったら、自分ひとりで色々応用して乗り越えていく事を引き受けた後姿なのです。

変化への腹がくくれていない人は、引き返そうかな、どうしようかな?今、山に登らなければよかったのかも?山が悪くて進まないのかも?などとすぐ気持ちが揺れる人です。
それなら、引き返すのもよし、そこで好きなだけその道で留まるもよし。

それは例え、ひとりで歩んでも、誰かと一緒に歩んでも、必ず見ることになる、自分の心の風景なのです。

今回久しぶりにお会いしたあがり症を克服した彼女達は、自分の癖をセッションの中でよく把握して、それを改善するための宿題を毎日必死でこなしていたことを思い出します。当時の努力と本気さは、変化する事を決めた人の生き方に見えました。
そして、セッション後も、それを定着させる努力を日々の中で続けていたのです。

どうりで、当時は見えなかった人生の風景が見えているはずです。

自分を信じて、歩き続けた後に見えた、いままで見た事もない世界に満足している
その顔は、笑顔と自信と明るいオーラに満ちていました。

色々な内面の変化を遂げてきた人は、「一直線にいかない法則」を身をもって理解できるので、次の変化にむけて山も谷も歩き続ける。だから、次の挑戦も、人生の違う風景を見る事ができるようになります。

早い一直線の変化に執着して、変化できない結果を繰り返している人は、次の挑戦も、早く変わりたいという執着のせいで、山や谷があるとすぐイライラしたり辛くなって、引き返すことでしょう。

人生のパラドックスですね。

今回久しぶりに会った、素敵な彼女達を見て、私はツイッターにこう書きました。

『体も心も、継続を目標にする人は、いつの間にか変化している。
すぐ変化しようとする人は、変化するまえに短気を起こし、耐えられずにやめてしまう。』

そして、私が気に入った言葉でこのコラムを締めくくりたいと思います。(以下共に、fukushima_BOTさんツイッターから引用)

「問題はなくならない。問題に挑む勇気があればいい」

「ノウハウは、失敗の連続の後にできる 」

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◆Twitterはじめました!
http://twitter.com/Tomoko_HIRATE

「嫌い」を、自己暗示で「好き」に転換する人・しない人

どんな人にも「考えるだけで気持ちが重くなる事」「嫌な事」があるものですが、

あなたにとって、「考えるだけで、なぜか気持ちが重くなりやすい事」は、何ですか?

例えば、掃除や片付けがめんどくさい・・、気持ちが重くなる・・のでやらないまま、部屋が散らかっていく・・・という人は多いですね。(昔は、私もそうでした)

「掃除や片付けに対して気が重い」のは、実は、掃除や片付けが大変だからでは、ありません。

「掃除や片付けへのネガティブな自己暗示が、あなたを憂鬱にさせている」のです。

例えば、掃除や片付けに対する、あの重苦しい気持ちは、掃除や片付けをする度に「疲れた」「大変だった」という過去の経験からきたものです。

つまり、「掃除や片付けをする→疲れる・めんどくさい作業が多い」を無意識に繰り返す事で、結果的に、「掃除・片付け=なんか嫌なイメージ」という強烈な自己暗示になっていくのです。

そうすると、それをやろうと考えるだけで、なぜか気持ちが重くなります。

そして、そういう自己暗示が入っている人は、そういう現実を作り出すので、実際にやる時も、

★しんどくなるようなやり方でしか、掃除と片付けが出来なくなっています★

そして、★という事にそれにさえ、全く気付いていないのです。

昔の私も、まったく気付いていませんでした。
掃除とか片付けは、疲れると思い込んでいたので、疲れるやり方でしかできなかったのです。

人間は何も手を加えないと、生きてきたように、考えます。
だから、同じような結果を、何度も手にしてしまう生き物です。

人は無意識に、考えていた現実を引き寄せるからです。

この点では、掃除も片付けも、仕事も恋愛も人間関係も一緒です。

だから、自己暗示がマイナスからプラスに変えてしまうと、同じ事が嫌でなくなります。

嫌だった人の何かの一面を見た瞬間に、なんかその人を嫌いでなくなり、むしろ好きになる事さえある、それもまた人間です。
嫌だという思い込み(自己暗示)が、いいかも?という思い込み(自己暗示)に変わると、相手は何も変わっていないのに、いきなり話しやすく感じるのです。

対象が変わってないのに、もう気にならない所か、好きにさえなってしまう。

つまり、すべては自分の自己暗示が、自分の人生を操っているのです。

だから、成功体験が多い人は、成功できると思う力が強いので、成功しやすい。
失敗体験が多い人は、失敗してしまうかも?と思う力が強いので、失敗しやすい。

私が過去相談に乗ってきて思うのは、成功体験の多い人は、大きな目標を非常に小さなステップまでブレイクダウンするのが、非常にうまいです。そこまで小さい目標にするか!というところまで、小さくします。さらに、その小さい目標さえも、楽しくやれるような方法を工夫しています。

そういう人は、いきなり(ひとりで)「毎日15分とか30分、○○をする」なんていう、無理な目標は立てません。

「毎日、駅まで歩く時間で~~をする」と小さい事を決めて、あっという間に3ヶ月続ける。この3ヶ月間に無理が無いので、継続できるし、継続できている自分を誇りに思う。
さらに3ヶ月毎日続けると、それが習慣になってしまい、知らず知らずそれを半年続けられる。
半年も続ければ、目に見える成果になってくるので、また自信がつく。

「やれば、できた」「きめたら、出来た」を毎日積み重ねる事が、最強のプラスの自己暗示です。そうなると、やる事のサイズを大きくしても、段々できるようになっていきます。

逆に、自分に自信がない(成功体験が少ない)という人は、大きい目標をいきなり設定する傾向があります。(という事にも気付いていません)
いきなり、ひとりで「毎日15分~する」「毎日、30分ランニングをする」というような、継続できる人が絶対に立てないような高い目標を、いきなり立てます。
(長い間それを継続できた経験がある人は、「それくらい」を365日続ける事が、非常に困難な事だと身に染みているので、あまりそういう目標の立て方はしません)

そうすると、最初のハードルが高いので、大抵の人はどんどん減速していきます。その後、思いついた日にやるけど、やらない日も増えて、いつしかやらなくなって・・・その結果「決めたけど出来ない罪悪感」「やってもできない苦い記憶」を繰り返します。
これが、「できないかもしれない」「できなかったら、どうしよう」という強いマイナスの自己暗示の土台になっているのです。
そして、それが未来を創るのです。

イチローが、一番気を使って時間をかけるのは、目標を「今日もできた」「今日も出来た」という、とても小さなレベルにまで、とことん落とし込む部分だそうです。
「今日もできた」を半年、1年、5年と続ければ、「決めた事は、できるの自分だ」という強烈な自己暗示が自分にかかります。だから、出来てしまう。

脳の仕組みは一緒です。それをプラスに使うか、マイナスに使うか?だけです。

ただ、本で泳ぎ方を読んでも、泳げるようになるか?というと別問題であるように、そういうやり方を、何かの知識で知っている事と、それができる事とはまったく別問題です。

泳ぎのように、実践なしには、自分の身につかないものなのです。

だからこそ、日々の実践が大事です。

そして、「プラスの暗示になるような経験や体験を重ねる事で、自己暗示を変えてしまう事」を体験した後に、「あ~なるほど、こうやってやるのね」というコツが体で掴めてくるのです。

(無意識に、過去)生きてきたように考え、行動する。

のではなく、

自分が考えるように行動して、生きる事。

この逆転こそが、あなたのマイナスの自己暗示をプラスに転換できるかどうかを決める、最大の「鍵」となるのです!

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掃除や片付けを通して、マイナスの自己暗示を逆転させる事を学ぶ、2ヵ月のグループセッションが秋から始まります。ひとりではやれる気がしない、やり方がわからない・・という方は是非!
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「手放した」のか「諦めた」のか、その見分け方とは?

先日の「手放す」勉強会。
過去の「手放し経験」を、各々(瞑想状態で)思い出してもらい、そこから全員参加で体験をもとにヒントを紡ぎ出していったのですが、勉強会の最後に

『これは、手放したのか、諦めたのは分からない瞬間ってないですか?』

という、とてもよい質問がでました。

『「手放す」と「諦める」の違い』

ここで、このコラムを読んでいるあなたに聞きたいのですが、

あなたは、「手放す」と「諦める」を判別できますか?

例えば・・・自分がこうだといいなと思うのに、そうならない事が、人生には時々起ります。

その場合、あなたは、何かを諦めたのでしょうか?
それとも、あなたは、何かを手放したのですか?

実際は、どちらなのか・・・たしかに判断が難しいものです。

勉強会の最初に、瞑想状態で過去の手放し体験を心身で味わった参加者から口々に出た意見は、非常に良いところを突いていました。

「それをした後の、(心とか体の)感覚が全然違う」

ということです。

それでは、どう違うのか?

「手放した」場合、

手放した後、自分が以前よりも成長したと確信できる。
そして、手放した自分が前より、好きになっている。
とても軽くて明るい開放的な感覚!

という意見がでました。

私が解釈するに、手放した人は、自分を苦しめる「Aでなければ」「Bじゃないと」という執着が無い状態です。人生(自分または他人や環境)がAであってもBであっても幸せになれます。だから、本人も以前よりも自分のキャパシティが大きくなって成長していると分かるし、そう感じている。

そうなると、自然とそんな自分が以前より誇らしかったり、好きになっている!ということではないでしょうか。

反対に、「諦めた」場合

自分や人のことを、以前より嫌いになる。
悲しくなったり、腹がたったり、苦しくなる。
暗くて重い閉鎖的な感覚。

というような意見がでました。

私の解釈では、「諦め」とは、Aであるべきと思うのにAでないイライラや、Bになりたいのにならない怒りや悲しみ、そうならない自分や他人や環境に対して嫌気が差した挙句に、心のシャッターを閉めてしまう事なのかな、と思います。そうして感じる孤独感や、やるせなさ。

シャッターを閉めた事で、自分や他人、あらゆる人生の展開を受け入れるキャパシティは以前より小さくはなっても、大きくなってはいない事に本人も薄々気付いています。

そして、「あの人は、別にあのままでいいんだし・・」「自分は、コレでも別にいいんだけどね・・」と思い込もうとしている自分が、ある瞬間から疲れてきて、いきなり悲しくなったり、孤独を感じる。

きっと、本人も諦めたのであって、実は手放せていないと、どこかで気付いているのかもしれません。

しかし「手放す」のも、簡単な事でもありませんよね。

そんなにすぐに出来たら、神様とか仙人レベル。

私も、前回のコラム↓「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_column=true&column_id=86
で書いた、腫瘍が消えたという自分の経験を振り返ってみると、最初その状態を改善しようと全力を尽くしても無理だった5ヶ月位で、私も諦めそうになった瞬間は多々あったように思います。

諦めて飲み込んだつもりになると、ある時、ふと悲しくなるのですね。切ない感じ。そして、ザワザワと消えない不安。

でも、やれる事をやり尽くした後、最後は、どちらもドントコイという心境になっていきました。

健康なのに不幸な人もいれば、病気で幸せな人もいる。
裕福なのに不幸な人もいれば、貧乏で幸せな人もいる。

つまり、健康でも病気でも、裕福でも貧乏でも幸せになれる。

そうであれば、腫瘍があっても、なくてもいいんだなと。手術してもいいし、しなくてもいいし、この先これで死んでも、生きても、どちらでも大丈夫なんですね。なんだ、全部いいんだなぁ。

そう思えたところが、最後やっと「手放せた」ところだったのかなと思います。

ただ、よろしくない不正出血がずっと続き、かなり自分の中の山も谷も越えていく必要があったので、「手放す」という事は、簡単にできたことではありませんでした。(そして、簡単にできる必要も無いと思います)

そして、手放した感覚になった直後の検診で(発見から5ヶ月半、7回目の診察で)、いきなり腫瘍は姿を消すわけですが、これは何かを物語っているように感じます。

苦手な人を受け入れて手放すと、そういう人に苦しむ事はなくなる

とよく言います。

人生は、それと同じなのかもしれません(^^)

思い通りにならない人や自分や出来事は、人生に付き物です。

そんな時、「諦める閉鎖感や孤独」 よりも 「手放した開放感と伸びやかさ」を。

それを、たくさん感じていけたなら、人生はもっと自由でもっと輝く。そんな気がします。

「手放す」勉強会に参加して一緒に考えて下さった皆さん、良い質問を投げかけてくれた皆さん、深い叡智を有難うございました!

全ての問題は、たった「2つの方法」で解決する!

大勢の相談に日々のってきて気付いた事があります。それは

「全ての問題は、最終的に2つの解決法のどちらかに行き着く」
ということです。

そのふたつとは何だと思いますか?
(あなたなりに、ふたつの解決方法を、直感で2つ予想してみてください)

では、とりあえず直感予想してもらったところで、先に進んでみますね。

基本的に、どんな問題も、最後は2つの解決法に行き着きます。

ひとつめは『自分が行動し続ける事で、変化を起こして、乗り越える方法』(これをAとします)

Aはとってもスタンダードな方法。自己変革の本の多くは、この技術を教えています。
自分を変えれば、自分の世界が変わっていく!
確かにその通りです。
勉強すればするほど、テストの点数は上がるし、運動すればするほど、筋肉はつく。

しかし、それだけで人生は乗り切れないところがある。

それで、ふたつめが必要になってきます。

それは『起った事を、ありのまま受け入れ手放す事で、乗り越える方法』(これをBとします)

分かりやすい例でいうと、生死や病気、障害などは、Bの部分無しには語れません。
身近な人が、亡くなったとして、その事実は努力でどうにかすることはできません。
「生きてて欲しかったのに」という気持ちを手放して、死を受け入れることで、乗り越えていく、そういう「どうにも変えられないこと」を受け入れる力です。

ただ、死などは、人間の力では、どうにもできないという事が分かりやすい。だから最後は受け入れるしかない・・と思いやすいのですが、
大半の問題は、どちらなのか区別が難しい。

例えば、あなたの才能や性格、目の前の問題は、どちらだと思いますか?

考えると、Aでもあるような、Bでもあるような・・・

さらに、問題への対応は、どんな人も傾向を持っています。

大体3タイプに別れるのですが、まずは基本Aのスタイルでどんどん変化するタイプ。次に、基本Bスタイルでありのままを受け入れながら乗り越えていくタイプ。最後に、(AでもBでもない)誰かとか何かのせいにしていくタイプに別れます。
(ちなみに最後のAでもBでもないタイプは、同じ問題に何度も苦しむ割に、問題を乗り越える自分には成長できてませんので、問題解決という意味では、このタイプを外して話を進めます)

問題を乗り越える際に、基本Aタイプで対応するか、基本Bタイプで対応するかという傾向自体は、良い悪いではありません。

ただ、この偏りがあると、分類を間違えて苦しむケースも結構よく見かけます。

例えば、「変えられる事(A)」を「手放してありのまま受け入れる(B)」で解決しようとする人。

そうなると、変化のための行動を継続しない→変化起こらず→結果出ず→いつまでも自信がつかず・・というサイクルにはまりやすいのです。

逆に、「変えられない事」(B)を「なんとかしたい!(A)」と執着してしまうと、現実を変えられなかった時、

ひたすら何かをする→結果がでない→ひたすら何かをやりまくる→結果がでない・・・というサイクルにはまり、悲しみや失望、怒りが大きくなります。

アメリカの神学者であり倫理学者でもある、ラインホールド・ニーバーの有名な言葉があります。

「自分で変えられないものを受け入れる強さと、
 変えられるものを変えていく勇気と、
 その違いを見分ける賢さを与えたまえ」。

では、変えられるる事と変えられない事って、どうやって判別したらいいのでしょうか?

それを見分けられないと、「受け入れる強さ」を目指せばいいのか、「変えていく勇気」を目指せばいいのかさえ、分かりません。

だから、まずは見分け方を知りたい!

そう思いませんか? (昔の私は、そう思いました!)

というわけで、次回のコラム(後半)は、この判別の仕方について書きたいと思います!

次回コラム(後半)【「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法】はこちらから

「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法

前回のコラム↓「全ての問題は、たった2つの方法で解決する!」

で、全ての問題は、2つの解決法のどちらかに分類されると書きました。
(まだ読んでない方は、まず前回のコラムをサラッと見ると理解しやすいです)

さて、さらに今日は、目の前の問題が、
A『自分が行動し続ける事で、変化を起こして、乗り越える方法』

B『起った事を、ありのまま受け入れ手放す事で、乗り越える方法』
のどちらなのか、識別する方法について書こうと思います。

例えば、才能とか病気とかって、心の持ちようで変えられるのか、変えられないのか、どちらだと思いますか?

これって、結構難しい問題ですよね。

才能は努力で伸ばせますが、努力でも世界のトップレベルになれるかどうかは、才能かもしれない。
体の不調や病気も、心の持ちようで治る場合もあれば、治らない場合もある。

実は、昨年末から、私も内臓に腫瘍らしきものがあるということで、検査を繰り返していました。

何でも自分の行動を変える事で、人生を変えるのが好きな私は、お医者さんに前のめりで「良くするために、自分でできる事はありますか?」と聞いたら、あっさり「ありません」と言われてしまいました。

それでも、心身に良い事で、自分なりに思いついた「できる事」を50個あれば50個全部やり続けた私。

ただ、最初はできる事を全てやる事に全力で一所懸命だったのですが、2週間おきの検査で変化がないと、「ここまでやったのに・・・」と、どこかで、ガッカリする自分がいたのも事実です。
しかし、それで経過を見ながら4回くらい検査に通ったのですが、特に良い変化もみられず1月末には、手術できる大きい病院を紹介するので、やはり手術したほうがいいかも・・と言われたのでした。

ただ、まだ2センチ程度で大きな腫瘍ではなかったため、1月末に、一旦、数ヶ月様子を見ることに了解をもらった私は、

全ての物事は、AかBのどちらかで解決する事を思い出しました。

ガンになった人が、前向きに人生を生き始めたら、奇跡のようにガンが消えた!
というような話を聞いたことがある人は、多いと思います。

この人にとって、このガンは、「自分が変化することで乗り越えられると学ぶガン」です。
つまりA分類。

ところが、この方法で、全員のガンは治りません。

普段からすごくポジティブだった人でも、生き方を変えても、ガンで亡くなる方もいます。
この人にとって、このガンは、「起こった事をありのまま受け入れて手放す事を学ぶガン」なのでしょう。そうなると、これは、B分類。

つまり、解決法が、AなのかBなのか、同じ出来事でも人によって異なる。

じゃあ、私の場合は、どちらなのか?

そう考え抜いた結果、間違いの無い判別方法がみえてきました。

「できる事を全てやってみると、どちらなのか、必然的にわかる」
ということです。

たとえば、先ほどのガンの例だったら、ガンに良いといわれる事で出来る事が100個あったら、100個全部やってみる。
全力で全部やりきったら、自分の力で変化できるほうに分類されていれば、絶対に変化するはずです。全力で全部やりきって変化がないなら、受け入れて手放すほうに分類されているとわかります。

とことん全力でやらずに、どちらの分類なんだろう・・・と、どれだけ考えても、分からないのです。

全力でやれば変わったものを、全力でやらなかった事が原因で変えられなかったのかも・・・と思いたくない。

それなら、とことん全力でやれること全てやるのみ!

と思った私は、私はさらに二ヵ月半、目の前の出来る事を全力でやる事だけに集中しました。

とことん全力でやれる事を全てやりきってみると、「やれることは全てやったんだから」という清清しさが出てきて、どこかの瞬間に「目の前の現実を受け入れる」強さと潔さが芽生えてくるものです。

当初の「これだけやったから、絶対によくなってほしい」と執着していた気持ちが、どこかで手から離れはじめました。

やれることはやりきって、「ここまでやって、ダメなら、どんな結果でも、それが運命だから受け入れる」と腹もくくれてきた私は、結果を手放して、いままでと全然違う気持ちで2ヵ月半ぶりの検査に望みました。

そしたら、なんと・・・無くなっていたのです!

いままで、ずっと診ていたお医者さんも驚いて
「あれ?ない?うーん、どうみてもないですね・・・(と、さんざん探す)」
「うん、完全に消えてますね。無くなってる。」
「ほんとに、手術しなくてよかったですねー!」
「とても綺麗になっているので、もう定期健診もいらないですよ」
といわれてしまいました。

私も「え~~~~~!!!」と思いましたが、
同時に、この出来事は私にとって「人事を尽くして天命を待つ(A×B)」をより深く学ぶためにやってきたのだなと確信しました。

というのも、私が良い結果に執着していた時は、やれる事を全てやっていても腫瘍は消えなかったからです。だからBも必要だとわかったのです。

ですから、Aだけでなく、Bもセットになった時に、変化が訪れたのだと思います。

そう思うと、なんか今回の出来事にもありがたい気持ちになってしまいました。

もしAである人事を尽くさなかったら、腫瘍は消えなかったかもしれません。でも、もし結果をコントロールしてやろうと思って執着していたら、腫瘍はまだ存在したかもしれません。
Aが欠けても、Bが欠けても、このような結果にはならなかったのでは・・・そんな気がするのです。

「もっとできる事があったのでは・・」と考える余地も残さないくらい死ぬ物狂いで頑張ったら、結果を手に入れても、手に入れなくても、人間はどこかで納得ができる。
死ぬ気で頑張ってきたオリンピック選手なども、最後はそこに行き着くのではないでしょうか。

そして、私が色々な相談に乗っていると、AとBのコンビネーションが必要になるケースも、非常にたくさん存在します。実際は、そのほうが多いと感じます。

人間には、得意・不得意があり長所・短所があり、運動神経や音感や、その他才能にもいえるように、ここまでは努力でなんとかなっても、ここからは無理という部分があります。

しかし、どちらにしても、「やれる事をすべてやり尽くす」というプロセスは、飛ばせない。

人事を尽くさないと、「もし、もっとやっていれば・・(うまくいったのでは・・)」という可能性が、必ず残ってしまうからです。

もし、最初から「何もかも心底受け入れて手放す」ができたら、神様です。いきなり神様を目指したい人はいいかもしれませんが、

やっぱり「やれる事を全てやり尽くす」のが人間にとって、欠かせないプロセス。

目の前に事に対して、出来る事を100%やったなら(A)、
「やれる事をすべてやり尽くした」という自信があるからこそ、
結果がどちらに向かったとしても、自分に、そして人生に納得できる(B)。

※ただ一言付け加えると、AからBに行く時、一度、絶望の谷に落ちる瞬間があります。でも、Aをやり尽くした人は、遅かれ早かれBの岸にたどりつくことができます。

だから、A分類か、B分類か、よくどちらか分からない時は、

人事をとことん尽くしてみること。

そうすれば、自動的に、乗り越えられる時がやってくる。
AかB、どちらの分類だったかも、わかる。

今回の腫瘍さんには、多くの事に気付かせてもらいました。

今回の奇跡的な経験は、きっと私の為だけに起こった事ではないはずです。

人事を尽くせば、必ず(なんらかの形で)乗り越えられる。

この話が、誰かの何かのお役に立てたら嬉しいなと思います。(^-^)

肉食で健康になる人・野菜食で健康にならない人

私が、腫瘍が消えた話をコラムにかいたり、人に話すようになったら、体に関する面白い話をたくさん聞くようになりました。

暑い夏を、健康体で乗り切るヒントにもなるかもしれませんので、

今日はその中でも、特に興味深いな~と思った話をご紹介したいと思います。

様々な体調不良やアトピーなどを持っている人は、玄米や有機野菜、マクロビオティックなどに興味をもって食生活を変える人が多いようです。

もちろん、それでよくなる人もいるのですが、人間ひとりひとりは違うものですから、全員そうともいきません。

色々な本などで、そういう体に良いといわれる食生活を食べ続けてみても、一向に良くならない、または、(好転反応とかでなく)悪化する人もいるようです。

体に良いといわれている事をしているのに、なぜ?

不思議ですよね。

そこで、ある人はお肉が好きだったので、玄米やマクロビを色々試した最後に、思い切って肉食にしたら、なんとアトピーがすっかり治ってしまったそうなのです!

私の親友は「そんな人を身近でふたりも知ってるんだ~!」と言うではないですか。

そんな彼女も、夜遅くはおなかが空いても太ってはいけないと思って食べないようにしていたそうですが、空腹を感じた時は食べるようにしても、全然太らない事に気付いたとか。
「なんだ、私の体は、私に必要なものを知っていたんだね」というのです(^^)。

どういう本や雑誌にも夜食べるのは良くないと書いてるのに、どういうことなのでしょう?

食に関して色々な本を様々な角度から読むと必ず行き着く現実として、ある本には
「これは、栄養があって良いので是非摂取するべき」
と書いてあるものが、別の本では
「体によくない事を起こすので食べないほうがいい」
と書いてある事はよくあります。

たとえば、お肉や牛乳(乳製品)などは、賛否両論あるもののひとつです。

肉を食べてても、健康になって長生きする人がいる反面、体に良いといわれている調理法で野菜食をしても、あまり長生きでなかった人の話も聞きます。

水をたくさん飲むといいという話も、聞いた事がある人は多いのではないでしょうか?

一日2リットルくらい飲むと体に良いと、一時流行りましたね。
しかし、その話が出た後から、水の飲みすぎで肝機能や膀胱などの機能を悪くして、病院に来る人が後を立たないそうです。
実際に、暑い夏で外回りであればいいでしょうが、普段は室内の生活であまり体を動かさない人に2リットルは飲みすぎだそうです。

きっと、体はそれに気付いていたはずです。
でも、良いと頭で思い込んだ人は喉が渇いていなくても、「2リットル飲むといい」と頭で考えるので、水を飲むわけです。自分の体を感じずに、頭で「きっといいはず」と思い込んで続けた結果が、病院に人が溢れる結果となっているようです。

水を適度に飲む事は、きっと良い事です。

でも、自分の体に何が&どれくらいが合うか?は、あなたの体が知っている事ではないでしょうか?

体重も生活も違うのに、一律2リットル・・は少し変ですよね。

でも、現代では「これがいい」と知識で知って、一旦頭で思い込んでしまうと、体の声を聞かない人は結構多いように見受けます。それで逆に体調を壊している人も、かなり多いのではないかと感じる時もあります。

体を壊しやすい人、限界まで無理をして倒れたりする人、摂食障害の傾向がある人は、普段から、自分の体の声を聞くより、頭を優先させる傾向にあるのです。

だから「こうすべき」「ああすべき」が、自分に対しても、食に対しても多い傾向にあります。

例えば、ランチでも、食べたいものを考えず、頭で考えて体に良いものを食べようとしたり、
暑い夏で汗をかいて冷たいものが飲みたい時に、体に良いからと、温かい飲み物を無理に飲もうとしていたり。

妊婦さんは、本能的に必要な栄養がある食べ物を食べたくなるといいますが、人間の中にはいまの自分に必要なものを見分ける機能が本来備わっているはずです。

その本能よりも、頭の思考の善悪でコントロールすると、その本能が鈍って働かなくなってしまいます。

たしかに冷たい飲み物をたくさん飲むのは体によくないでしょう。
(私も、氷の入った飲み物は、あまり飲みませんし)

でも、ここまで暑い夏だと、熱中症を避けるために、冷たいものを飲んで体温を一気にさげる必要がある瞬間は、ひと夏の間に必ず何度かあるでしょう。

それでも、頑なに「冷たいものはよくないから、温かいもので」という人もいます。

本当に、体が温かいものを飲みたいと感じている人ならいいのですが、真夏で体を息に冷やすべき瞬間に、冷たいものが欲しいと感じているのに、理性がいいと思った温かいものを飲まれてしまう体も、随分辛いはずです。

体の声を聞いて、自分の反応を信じるということは、この瞬間の自分を信じるということです。

冷たい飲み物も、人生の中で必要な時と不必要な時がある。それは、その瞬間の体が感じる事。

「本に書いてあったから(一般論として正しいから)これが良いはず」と思って、その瞬間の体の声を感じる事にもっと時間を割かないとすれば、もったいないことです。

目の前のものを食べてみて、飲んでみて、自分の体の反応を見て、よくよく感じれば、今の自分に合うかどうかを感じるはずです。

私は、健康に良い食べ物などの書籍も参考にしますが、最終的には自分の体でそれを試してみて、じーっと自分の体を感じて観察します。

どの本がなんといおうと、自分の体に合うものは合う。合わないものは合わない。

それを最後に決めるのは、自分の体ですからね。(^^)

だから、(書籍や世の中で言われている先入観を捨てて)

その瞬間の自分の体の声を聞く、じっと感じて、観察してあげる時間は、ぜひ大事にして欲しいと思います。
それが、体への愛なのですから。(^^)

そして最後に、ひとつ重要な補足をするとすれば、

お肉を食べて太らなかったり、夜食を食べても大丈夫だった彼女達は、普段から
「(自分の体を動かしている)無意識」と繋がる時間(瞑想など)を、しっかりと毎日持っている人達です。

つまり、自分の無意識や体との間にしっかりとした信頼関係があるということです。

人間関係でも、例えば、同じ屋根の下に住んでいるパートナーや子供と、いつもしっかり向き合って話をしていれば、良い関係を気付けるし、相手が何を感じているのか、わかりやすいのです。

逆に、同じ屋根の下に住んでいても、そことしっかり向き合う時間をとっていなければ、何を考えているのかお互いにわかりません。
ある日いきなり分かろう!と思ったからといって、分からないのです。

人間でも、親に相手にされないと、注目してほしくて泣いたり、ひねくれたり、反抗したりします。それと同じで、体や無意識が意識を日々向けてもらえてない、信じてもらえてないと感じていると、「もっと、こっちを見て欲しい」「声を持って聞いて欲しい」と思っているがゆえに、ひねくれて逆走しやすいので注意が必要。

だから、自分の体や無意識(心)としっかりした絆で繋がっていない場合は、ストレスがあるからと、本能的にケーキやお菓子をたくさん食べたりすれば、よくない結果となるので注意してください。

心身が統一されている人は、心や体との絆が深いのです。
そういう人は、体のサインに従って、肉を主食にしたとしても、体調はよくなります。

心や体との絆が深まっていないと、サインは正確に受け取れません。
(だから、世の中の情報に振り回されてしまうのかもしれません)

食や健康についても、正反対の情報もたくさん流れているものですが、
何を信じるべきか?何が&どっちが本当に正しいか?
ではなく、
自分の体にはどうなのかな?
を、もっと中立的に感じてあげる。

ある書籍や情報よりも、自分の体の反応を信じる。

それを繰り返していく事で、あなたの中の本能が正しく動き始めるのだと思います。

あなたの本能は、いまのあなたに必要なものを知っています。

去年と今年では、昨日と今日では、求めているものが違っても、おかしくないのです。

先入観を捨てて、その瞬間の、体の声に耳を傾けてあげてください。

愛された体は、あなたに必要なメッセージを送ってくれる素敵な相棒となることでしょう。