投稿者「tomoko Oz」のアーカイブ

肉食で健康になる人・野菜食で健康にならない人

私が、腫瘍が消えた話をコラムにかいたり、人に話すようになったら、体に関する面白い話をたくさん聞くようになりました。

暑い夏を、健康体で乗り切るヒントにもなるかもしれませんので、

今日はその中でも、特に興味深いな~と思った話をご紹介したいと思います。

様々な体調不良やアトピーなどを持っている人は、玄米や有機野菜、マクロビオティックなどに興味をもって食生活を変える人が多いようです。

もちろん、それでよくなる人もいるのですが、人間ひとりひとりは違うものですから、全員そうともいきません。

色々な本などで、そういう体に良いといわれる食生活を食べ続けてみても、一向に良くならない、または、(好転反応とかでなく)悪化する人もいるようです。

体に良いといわれている事をしているのに、なぜ?

不思議ですよね。

そこで、ある人はお肉が好きだったので、玄米やマクロビを色々試した最後に、思い切って肉食にしたら、なんとアトピーがすっかり治ってしまったそうなのです!

私の親友は「そんな人を身近でふたりも知ってるんだ~!」と言うではないですか。

そんな彼女も、夜遅くはおなかが空いても太ってはいけないと思って食べないようにしていたそうですが、空腹を感じた時は食べるようにしても、全然太らない事に気付いたとか。
「なんだ、私の体は、私に必要なものを知っていたんだね」というのです(^^)。

どういう本や雑誌にも夜食べるのは良くないと書いてるのに、どういうことなのでしょう?

食に関して色々な本を様々な角度から読むと必ず行き着く現実として、ある本には
「これは、栄養があって良いので是非摂取するべき」
と書いてあるものが、別の本では
「体によくない事を起こすので食べないほうがいい」
と書いてある事はよくあります。

たとえば、お肉や牛乳(乳製品)などは、賛否両論あるもののひとつです。

肉を食べてても、健康になって長生きする人がいる反面、体に良いといわれている調理法で野菜食をしても、あまり長生きでなかった人の話も聞きます。

水をたくさん飲むといいという話も、聞いた事がある人は多いのではないでしょうか?

一日2リットルくらい飲むと体に良いと、一時流行りましたね。
しかし、その話が出た後から、水の飲みすぎで肝機能や膀胱などの機能を悪くして、病院に来る人が後を立たないそうです。
実際に、暑い夏で外回りであればいいでしょうが、普段は室内の生活であまり体を動かさない人に2リットルは飲みすぎだそうです。

きっと、体はそれに気付いていたはずです。
でも、良いと頭で思い込んだ人は喉が渇いていなくても、「2リットル飲むといい」と頭で考えるので、水を飲むわけです。自分の体を感じずに、頭で「きっといいはず」と思い込んで続けた結果が、病院に人が溢れる結果となっているようです。

水を適度に飲む事は、きっと良い事です。

でも、自分の体に何が&どれくらいが合うか?は、あなたの体が知っている事ではないでしょうか?

体重も生活も違うのに、一律2リットル・・は少し変ですよね。

でも、現代では「これがいい」と知識で知って、一旦頭で思い込んでしまうと、体の声を聞かない人は結構多いように見受けます。それで逆に体調を壊している人も、かなり多いのではないかと感じる時もあります。

体を壊しやすい人、限界まで無理をして倒れたりする人、摂食障害の傾向がある人は、普段から、自分の体の声を聞くより、頭を優先させる傾向にあるのです。

だから「こうすべき」「ああすべき」が、自分に対しても、食に対しても多い傾向にあります。

例えば、ランチでも、食べたいものを考えず、頭で考えて体に良いものを食べようとしたり、
暑い夏で汗をかいて冷たいものが飲みたい時に、体に良いからと、温かい飲み物を無理に飲もうとしていたり。

妊婦さんは、本能的に必要な栄養がある食べ物を食べたくなるといいますが、人間の中にはいまの自分に必要なものを見分ける機能が本来備わっているはずです。

その本能よりも、頭の思考の善悪でコントロールすると、その本能が鈍って働かなくなってしまいます。

たしかに冷たい飲み物をたくさん飲むのは体によくないでしょう。
(私も、氷の入った飲み物は、あまり飲みませんし)

でも、ここまで暑い夏だと、熱中症を避けるために、冷たいものを飲んで体温を一気にさげる必要がある瞬間は、ひと夏の間に必ず何度かあるでしょう。

それでも、頑なに「冷たいものはよくないから、温かいもので」という人もいます。

本当に、体が温かいものを飲みたいと感じている人ならいいのですが、真夏で体を息に冷やすべき瞬間に、冷たいものが欲しいと感じているのに、理性がいいと思った温かいものを飲まれてしまう体も、随分辛いはずです。

体の声を聞いて、自分の反応を信じるということは、この瞬間の自分を信じるということです。

冷たい飲み物も、人生の中で必要な時と不必要な時がある。それは、その瞬間の体が感じる事。

「本に書いてあったから(一般論として正しいから)これが良いはず」と思って、その瞬間の体の声を感じる事にもっと時間を割かないとすれば、もったいないことです。

目の前のものを食べてみて、飲んでみて、自分の体の反応を見て、よくよく感じれば、今の自分に合うかどうかを感じるはずです。

私は、健康に良い食べ物などの書籍も参考にしますが、最終的には自分の体でそれを試してみて、じーっと自分の体を感じて観察します。

どの本がなんといおうと、自分の体に合うものは合う。合わないものは合わない。

それを最後に決めるのは、自分の体ですからね。(^^)

だから、(書籍や世の中で言われている先入観を捨てて)

その瞬間の自分の体の声を聞く、じっと感じて、観察してあげる時間は、ぜひ大事にして欲しいと思います。
それが、体への愛なのですから。(^^)

そして最後に、ひとつ重要な補足をするとすれば、

お肉を食べて太らなかったり、夜食を食べても大丈夫だった彼女達は、普段から
「(自分の体を動かしている)無意識」と繋がる時間(瞑想など)を、しっかりと毎日持っている人達です。

つまり、自分の無意識や体との間にしっかりとした信頼関係があるということです。

人間関係でも、例えば、同じ屋根の下に住んでいるパートナーや子供と、いつもしっかり向き合って話をしていれば、良い関係を気付けるし、相手が何を感じているのか、わかりやすいのです。

逆に、同じ屋根の下に住んでいても、そことしっかり向き合う時間をとっていなければ、何を考えているのかお互いにわかりません。
ある日いきなり分かろう!と思ったからといって、分からないのです。

人間でも、親に相手にされないと、注目してほしくて泣いたり、ひねくれたり、反抗したりします。それと同じで、体や無意識が意識を日々向けてもらえてない、信じてもらえてないと感じていると、「もっと、こっちを見て欲しい」「声を持って聞いて欲しい」と思っているがゆえに、ひねくれて逆走しやすいので注意が必要。

だから、自分の体や無意識(心)としっかりした絆で繋がっていない場合は、ストレスがあるからと、本能的にケーキやお菓子をたくさん食べたりすれば、よくない結果となるので注意してください。

心身が統一されている人は、心や体との絆が深いのです。
そういう人は、体のサインに従って、肉を主食にしたとしても、体調はよくなります。

心や体との絆が深まっていないと、サインは正確に受け取れません。
(だから、世の中の情報に振り回されてしまうのかもしれません)

食や健康についても、正反対の情報もたくさん流れているものですが、
何を信じるべきか?何が&どっちが本当に正しいか?
ではなく、
自分の体にはどうなのかな?
を、もっと中立的に感じてあげる。

ある書籍や情報よりも、自分の体の反応を信じる。

それを繰り返していく事で、あなたの中の本能が正しく動き始めるのだと思います。

あなたの本能は、いまのあなたに必要なものを知っています。

去年と今年では、昨日と今日では、求めているものが違っても、おかしくないのです。

先入観を捨てて、その瞬間の、体の声に耳を傾けてあげてください。

愛された体は、あなたに必要なメッセージを送ってくれる素敵な相棒となることでしょう。

「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法

前回のコラム↓「全ての問題は、たった2つの方法で解決する!」

で、全ての問題は、2つの解決法のどちらかに分類されると書きました。
(まだ読んでない方は、まず前回のコラムをサラッと見ると理解しやすいです)

さて、さらに今日は、目の前の問題が、
A『自分が行動し続ける事で、変化を起こして、乗り越える方法』

B『起った事を、ありのまま受け入れ手放す事で、乗り越える方法』
のどちらなのか、識別する方法について書こうと思います。

例えば、才能とか病気とかって、心の持ちようで変えられるのか、変えられないのか、どちらだと思いますか?

これって、結構難しい問題ですよね。

才能は努力で伸ばせますが、努力でも世界のトップレベルになれるかどうかは、才能かもしれない。
体の不調や病気も、心の持ちようで治る場合もあれば、治らない場合もある。

実は、昨年末から、私も内臓に腫瘍らしきものがあるということで、検査を繰り返していました。

何でも自分の行動を変える事で、人生を変えるのが好きな私は、お医者さんに前のめりで「良くするために、自分でできる事はありますか?」と聞いたら、あっさり「ありません」と言われてしまいました。

それでも、心身に良い事で、自分なりに思いついた「できる事」を50個あれば50個全部やり続けた私。

ただ、最初はできる事を全てやる事に全力で一所懸命だったのですが、2週間おきの検査で変化がないと、「ここまでやったのに・・・」と、どこかで、ガッカリする自分がいたのも事実です。
しかし、それで経過を見ながら4回くらい検査に通ったのですが、特に良い変化もみられず1月末には、手術できる大きい病院を紹介するので、やはり手術したほうがいいかも・・と言われたのでした。

ただ、まだ2センチ程度で大きな腫瘍ではなかったため、1月末に、一旦、数ヶ月様子を見ることに了解をもらった私は、

全ての物事は、AかBのどちらかで解決する事を思い出しました。

ガンになった人が、前向きに人生を生き始めたら、奇跡のようにガンが消えた!
というような話を聞いたことがある人は、多いと思います。

この人にとって、このガンは、「自分が変化することで乗り越えられると学ぶガン」です。
つまりA分類。

ところが、この方法で、全員のガンは治りません。

普段からすごくポジティブだった人でも、生き方を変えても、ガンで亡くなる方もいます。
この人にとって、このガンは、「起こった事をありのまま受け入れて手放す事を学ぶガン」なのでしょう。そうなると、これは、B分類。

つまり、解決法が、AなのかBなのか、同じ出来事でも人によって異なる。

じゃあ、私の場合は、どちらなのか?

そう考え抜いた結果、間違いの無い判別方法がみえてきました。

「できる事を全てやってみると、どちらなのか、必然的にわかる」
ということです。

たとえば、先ほどのガンの例だったら、ガンに良いといわれる事で出来る事が100個あったら、100個全部やってみる。
全力で全部やりきったら、自分の力で変化できるほうに分類されていれば、絶対に変化するはずです。全力で全部やりきって変化がないなら、受け入れて手放すほうに分類されているとわかります。

とことん全力でやらずに、どちらの分類なんだろう・・・と、どれだけ考えても、分からないのです。

全力でやれば変わったものを、全力でやらなかった事が原因で変えられなかったのかも・・・と思いたくない。

それなら、とことん全力でやれること全てやるのみ!

と思った私は、私はさらに二ヵ月半、目の前の出来る事を全力でやる事だけに集中しました。

とことん全力でやれる事を全てやりきってみると、「やれることは全てやったんだから」という清清しさが出てきて、どこかの瞬間に「目の前の現実を受け入れる」強さと潔さが芽生えてくるものです。

当初の「これだけやったから、絶対によくなってほしい」と執着していた気持ちが、どこかで手から離れはじめました。

やれることはやりきって、「ここまでやって、ダメなら、どんな結果でも、それが運命だから受け入れる」と腹もくくれてきた私は、結果を手放して、いままでと全然違う気持ちで2ヵ月半ぶりの検査に望みました。

そしたら、なんと・・・無くなっていたのです!

いままで、ずっと診ていたお医者さんも驚いて
「あれ?ない?うーん、どうみてもないですね・・・(と、さんざん探す)」
「うん、完全に消えてますね。無くなってる。」
「ほんとに、手術しなくてよかったですねー!」
「とても綺麗になっているので、もう定期健診もいらないですよ」
といわれてしまいました。

私も「え~~~~~!!!」と思いましたが、
同時に、この出来事は私にとって「人事を尽くして天命を待つ(A×B)」をより深く学ぶためにやってきたのだなと確信しました。

というのも、私が良い結果に執着していた時は、やれる事を全てやっていても腫瘍は消えなかったからです。だからBも必要だとわかったのです。

ですから、Aだけでなく、Bもセットになった時に、変化が訪れたのだと思います。

そう思うと、なんか今回の出来事にもありがたい気持ちになってしまいました。

もしAである人事を尽くさなかったら、腫瘍は消えなかったかもしれません。でも、もし結果をコントロールしてやろうと思って執着していたら、腫瘍はまだ存在したかもしれません。
Aが欠けても、Bが欠けても、このような結果にはならなかったのでは・・・そんな気がするのです。

「もっとできる事があったのでは・・」と考える余地も残さないくらい死ぬ物狂いで頑張ったら、結果を手に入れても、手に入れなくても、人間はどこかで納得ができる。
死ぬ気で頑張ってきたオリンピック選手なども、最後はそこに行き着くのではないでしょうか。

そして、私が色々な相談に乗っていると、AとBのコンビネーションが必要になるケースも、非常にたくさん存在します。実際は、そのほうが多いと感じます。

人間には、得意・不得意があり長所・短所があり、運動神経や音感や、その他才能にもいえるように、ここまでは努力でなんとかなっても、ここからは無理という部分があります。

しかし、どちらにしても、「やれる事をすべてやり尽くす」というプロセスは、飛ばせない。

人事を尽くさないと、「もし、もっとやっていれば・・(うまくいったのでは・・)」という可能性が、必ず残ってしまうからです。

もし、最初から「何もかも心底受け入れて手放す」ができたら、神様です。いきなり神様を目指したい人はいいかもしれませんが、

やっぱり「やれる事を全てやり尽くす」のが人間にとって、欠かせないプロセス。

目の前に事に対して、出来る事を100%やったなら(A)、
「やれる事をすべてやり尽くした」という自信があるからこそ、
結果がどちらに向かったとしても、自分に、そして人生に納得できる(B)。

※ただ一言付け加えると、AからBに行く時、一度、絶望の谷に落ちる瞬間があります。でも、Aをやり尽くした人は、遅かれ早かれBの岸にたどりつくことができます。

だから、A分類か、B分類か、よくどちらか分からない時は、

人事をとことん尽くしてみること。

そうすれば、自動的に、乗り越えられる時がやってくる。
AかB、どちらの分類だったかも、わかる。

今回の腫瘍さんには、多くの事に気付かせてもらいました。

今回の奇跡的な経験は、きっと私の為だけに起こった事ではないはずです。

人事を尽くせば、必ず(なんらかの形で)乗り越えられる。

この話が、誰かの何かのお役に立てたら嬉しいなと思います。(^-^)

全ての問題は、たった「2つの方法」で解決する!

大勢の相談に日々のってきて気付いた事があります。それは

「全ての問題は、最終的に2つの解決法のどちらかに行き着く」
ということです。

そのふたつとは何だと思いますか?
(あなたなりに、ふたつの解決方法を、直感で2つ予想してみてください)

では、とりあえず直感予想してもらったところで、先に進んでみますね。

基本的に、どんな問題も、最後は2つの解決法に行き着きます。

ひとつめは『自分が行動し続ける事で、変化を起こして、乗り越える方法』(これをAとします)

Aはとってもスタンダードな方法。自己変革の本の多くは、この技術を教えています。
自分を変えれば、自分の世界が変わっていく!
確かにその通りです。
勉強すればするほど、テストの点数は上がるし、運動すればするほど、筋肉はつく。

しかし、それだけで人生は乗り切れないところがある。

それで、ふたつめが必要になってきます。

それは『起った事を、ありのまま受け入れ手放す事で、乗り越える方法』(これをBとします)

分かりやすい例でいうと、生死や病気、障害などは、Bの部分無しには語れません。
身近な人が、亡くなったとして、その事実は努力でどうにかすることはできません。
「生きてて欲しかったのに」という気持ちを手放して、死を受け入れることで、乗り越えていく、そういう「どうにも変えられないこと」を受け入れる力です。

ただ、死などは、人間の力では、どうにもできないという事が分かりやすい。だから最後は受け入れるしかない・・と思いやすいのですが、
大半の問題は、どちらなのか区別が難しい。

例えば、あなたの才能や性格、目の前の問題は、どちらだと思いますか?

考えると、Aでもあるような、Bでもあるような・・・

さらに、問題への対応は、どんな人も傾向を持っています。

大体3タイプに別れるのですが、まずは基本Aのスタイルでどんどん変化するタイプ。次に、基本Bスタイルでありのままを受け入れながら乗り越えていくタイプ。最後に、(AでもBでもない)誰かとか何かのせいにしていくタイプに別れます。
(ちなみに最後のAでもBでもないタイプは、同じ問題に何度も苦しむ割に、問題を乗り越える自分には成長できてませんので、問題解決という意味では、このタイプを外して話を進めます)

問題を乗り越える際に、基本Aタイプで対応するか、基本Bタイプで対応するかという傾向自体は、良い悪いではありません。

ただ、この偏りがあると、分類を間違えて苦しむケースも結構よく見かけます。

例えば、「変えられる事(A)」を「手放してありのまま受け入れる(B)」で解決しようとする人。

そうなると、変化のための行動を継続しない→変化起こらず→結果出ず→いつまでも自信がつかず・・というサイクルにはまりやすいのです。

逆に、「変えられない事」(B)を「なんとかしたい!(A)」と執着してしまうと、現実を変えられなかった時、

ひたすら何かをする→結果がでない→ひたすら何かをやりまくる→結果がでない・・・というサイクルにはまり、悲しみや失望、怒りが大きくなります。

アメリカの神学者であり倫理学者でもある、ラインホールド・ニーバーの有名な言葉があります。

「自分で変えられないものを受け入れる強さと、
 変えられるものを変えていく勇気と、
 その違いを見分ける賢さを与えたまえ」。

では、変えられるる事と変えられない事って、どうやって判別したらいいのでしょうか?

それを見分けられないと、「受け入れる強さ」を目指せばいいのか、「変えていく勇気」を目指せばいいのかさえ、分かりません。

だから、まずは見分け方を知りたい!

そう思いませんか? (昔の私は、そう思いました!)

というわけで、次回のコラム(後半)は、この判別の仕方について書きたいと思います!

次回コラム(後半)【「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法】はこちらから

「手放した」のか「諦めた」のか、その見分け方とは?

先日の「手放す」勉強会。
過去の「手放し経験」を、各々(瞑想状態で)思い出してもらい、そこから全員参加で体験をもとにヒントを紡ぎ出していったのですが、勉強会の最後に

『これは、手放したのか、諦めたのは分からない瞬間ってないですか?』

という、とてもよい質問がでました。

『「手放す」と「諦める」の違い』

ここで、このコラムを読んでいるあなたに聞きたいのですが、

あなたは、「手放す」と「諦める」を判別できますか?

例えば・・・自分がこうだといいなと思うのに、そうならない事が、人生には時々起ります。

その場合、あなたは、何かを諦めたのでしょうか?
それとも、あなたは、何かを手放したのですか?

実際は、どちらなのか・・・たしかに判断が難しいものです。

勉強会の最初に、瞑想状態で過去の手放し体験を心身で味わった参加者から口々に出た意見は、非常に良いところを突いていました。

「それをした後の、(心とか体の)感覚が全然違う」

ということです。

それでは、どう違うのか?

「手放した」場合、

手放した後、自分が以前よりも成長したと確信できる。
そして、手放した自分が前より、好きになっている。
とても軽くて明るい開放的な感覚!

という意見がでました。

私が解釈するに、手放した人は、自分を苦しめる「Aでなければ」「Bじゃないと」という執着が無い状態です。人生(自分または他人や環境)がAであってもBであっても幸せになれます。だから、本人も以前よりも自分のキャパシティが大きくなって成長していると分かるし、そう感じている。

そうなると、自然とそんな自分が以前より誇らしかったり、好きになっている!ということではないでしょうか。

反対に、「諦めた」場合

自分や人のことを、以前より嫌いになる。
悲しくなったり、腹がたったり、苦しくなる。
暗くて重い閉鎖的な感覚。

というような意見がでました。

私の解釈では、「諦め」とは、Aであるべきと思うのにAでないイライラや、Bになりたいのにならない怒りや悲しみ、そうならない自分や他人や環境に対して嫌気が差した挙句に、心のシャッターを閉めてしまう事なのかな、と思います。そうして感じる孤独感や、やるせなさ。

シャッターを閉めた事で、自分や他人、あらゆる人生の展開を受け入れるキャパシティは以前より小さくはなっても、大きくなってはいない事に本人も薄々気付いています。

そして、「あの人は、別にあのままでいいんだし・・」「自分は、コレでも別にいいんだけどね・・」と思い込もうとしている自分が、ある瞬間から疲れてきて、いきなり悲しくなったり、孤独を感じる。

きっと、本人も諦めたのであって、実は手放せていないと、どこかで気付いているのかもしれません。

しかし「手放す」のも、簡単な事でもありませんよね。

そんなにすぐに出来たら、神様とか仙人レベル。

私も、前回のコラム↓「運命」と「努力で変えられる事」の境目を知る方法
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_column=true&column_id=86
で書いた、腫瘍が消えたという自分の経験を振り返ってみると、最初その状態を改善しようと全力を尽くしても無理だった5ヶ月位で、私も諦めそうになった瞬間は多々あったように思います。

諦めて飲み込んだつもりになると、ある時、ふと悲しくなるのですね。切ない感じ。そして、ザワザワと消えない不安。

でも、やれる事をやり尽くした後、最後は、どちらもドントコイという心境になっていきました。

健康なのに不幸な人もいれば、病気で幸せな人もいる。
裕福なのに不幸な人もいれば、貧乏で幸せな人もいる。

つまり、健康でも病気でも、裕福でも貧乏でも幸せになれる。

そうであれば、腫瘍があっても、なくてもいいんだなと。手術してもいいし、しなくてもいいし、この先これで死んでも、生きても、どちらでも大丈夫なんですね。なんだ、全部いいんだなぁ。

そう思えたところが、最後やっと「手放せた」ところだったのかなと思います。

ただ、よろしくない不正出血がずっと続き、かなり自分の中の山も谷も越えていく必要があったので、「手放す」という事は、簡単にできたことではありませんでした。(そして、簡単にできる必要も無いと思います)

そして、手放した感覚になった直後の検診で(発見から5ヶ月半、7回目の診察で)、いきなり腫瘍は姿を消すわけですが、これは何かを物語っているように感じます。

苦手な人を受け入れて手放すと、そういう人に苦しむ事はなくなる

とよく言います。

人生は、それと同じなのかもしれません(^^)

思い通りにならない人や自分や出来事は、人生に付き物です。

そんな時、「諦める閉鎖感や孤独」 よりも 「手放した開放感と伸びやかさ」を。

それを、たくさん感じていけたなら、人生はもっと自由でもっと輝く。そんな気がします。

「手放す」勉強会に参加して一緒に考えて下さった皆さん、良い質問を投げかけてくれた皆さん、深い叡智を有難うございました!

「嫌い」を、自己暗示で「好き」に転換する人・しない人

どんな人にも「考えるだけで気持ちが重くなる事」「嫌な事」があるものですが、

あなたにとって、「考えるだけで、なぜか気持ちが重くなりやすい事」は、何ですか?

例えば、掃除や片付けがめんどくさい・・、気持ちが重くなる・・のでやらないまま、部屋が散らかっていく・・・という人は多いですね。(昔は、私もそうでした)

「掃除や片付けに対して気が重い」のは、実は、掃除や片付けが大変だからでは、ありません。

「掃除や片付けへのネガティブな自己暗示が、あなたを憂鬱にさせている」のです。

例えば、掃除や片付けに対する、あの重苦しい気持ちは、掃除や片付けをする度に「疲れた」「大変だった」という過去の経験からきたものです。

つまり、「掃除や片付けをする→疲れる・めんどくさい作業が多い」を無意識に繰り返す事で、結果的に、「掃除・片付け=なんか嫌なイメージ」という強烈な自己暗示になっていくのです。

そうすると、それをやろうと考えるだけで、なぜか気持ちが重くなります。

そして、そういう自己暗示が入っている人は、そういう現実を作り出すので、実際にやる時も、

★しんどくなるようなやり方でしか、掃除と片付けが出来なくなっています★

そして、★という事にそれにさえ、全く気付いていないのです。

昔の私も、まったく気付いていませんでした。
掃除とか片付けは、疲れると思い込んでいたので、疲れるやり方でしかできなかったのです。

人間は何も手を加えないと、生きてきたように、考えます。
だから、同じような結果を、何度も手にしてしまう生き物です。

人は無意識に、考えていた現実を引き寄せるからです。

この点では、掃除も片付けも、仕事も恋愛も人間関係も一緒です。

だから、自己暗示がマイナスからプラスに変えてしまうと、同じ事が嫌でなくなります。

嫌だった人の何かの一面を見た瞬間に、なんかその人を嫌いでなくなり、むしろ好きになる事さえある、それもまた人間です。
嫌だという思い込み(自己暗示)が、いいかも?という思い込み(自己暗示)に変わると、相手は何も変わっていないのに、いきなり話しやすく感じるのです。

対象が変わってないのに、もう気にならない所か、好きにさえなってしまう。

つまり、すべては自分の自己暗示が、自分の人生を操っているのです。

だから、成功体験が多い人は、成功できると思う力が強いので、成功しやすい。
失敗体験が多い人は、失敗してしまうかも?と思う力が強いので、失敗しやすい。

私が過去相談に乗ってきて思うのは、成功体験の多い人は、大きな目標を非常に小さなステップまでブレイクダウンするのが、非常にうまいです。そこまで小さい目標にするか!というところまで、小さくします。さらに、その小さい目標さえも、楽しくやれるような方法を工夫しています。

そういう人は、いきなり(ひとりで)「毎日15分とか30分、○○をする」なんていう、無理な目標は立てません。

「毎日、駅まで歩く時間で~~をする」と小さい事を決めて、あっという間に3ヶ月続ける。この3ヶ月間に無理が無いので、継続できるし、継続できている自分を誇りに思う。
さらに3ヶ月毎日続けると、それが習慣になってしまい、知らず知らずそれを半年続けられる。
半年も続ければ、目に見える成果になってくるので、また自信がつく。

「やれば、できた」「きめたら、出来た」を毎日積み重ねる事が、最強のプラスの自己暗示です。そうなると、やる事のサイズを大きくしても、段々できるようになっていきます。

逆に、自分に自信がない(成功体験が少ない)という人は、大きい目標をいきなり設定する傾向があります。(という事にも気付いていません)
いきなり、ひとりで「毎日15分~する」「毎日、30分ランニングをする」というような、継続できる人が絶対に立てないような高い目標を、いきなり立てます。
(長い間それを継続できた経験がある人は、「それくらい」を365日続ける事が、非常に困難な事だと身に染みているので、あまりそういう目標の立て方はしません)

そうすると、最初のハードルが高いので、大抵の人はどんどん減速していきます。その後、思いついた日にやるけど、やらない日も増えて、いつしかやらなくなって・・・その結果「決めたけど出来ない罪悪感」「やってもできない苦い記憶」を繰り返します。
これが、「できないかもしれない」「できなかったら、どうしよう」という強いマイナスの自己暗示の土台になっているのです。
そして、それが未来を創るのです。

イチローが、一番気を使って時間をかけるのは、目標を「今日もできた」「今日も出来た」という、とても小さなレベルにまで、とことん落とし込む部分だそうです。
「今日もできた」を半年、1年、5年と続ければ、「決めた事は、できるの自分だ」という強烈な自己暗示が自分にかかります。だから、出来てしまう。

脳の仕組みは一緒です。それをプラスに使うか、マイナスに使うか?だけです。

ただ、本で泳ぎ方を読んでも、泳げるようになるか?というと別問題であるように、そういうやり方を、何かの知識で知っている事と、それができる事とはまったく別問題です。

泳ぎのように、実践なしには、自分の身につかないものなのです。

だからこそ、日々の実践が大事です。

そして、「プラスの暗示になるような経験や体験を重ねる事で、自己暗示を変えてしまう事」を体験した後に、「あ~なるほど、こうやってやるのね」というコツが体で掴めてくるのです。

(無意識に、過去)生きてきたように考え、行動する。

のではなく、

自分が考えるように行動して、生きる事。

この逆転こそが、あなたのマイナスの自己暗示をプラスに転換できるかどうかを決める、最大の「鍵」となるのです!

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掃除や片付けを通して、マイナスの自己暗示を逆転させる事を学ぶ、2ヵ月のグループセッションが秋から始まります。ひとりではやれる気がしない、やり方がわからない・・という方は是非!
明日から&一生使えるコツ満載です。
◆【残席僅か】一石三鳥!片付けをしながら潜在意識の大改革グループセッション
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_event=true&event_id=70
◆過去の参加者アンケート↓(数値でも、効果が分かります)
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_voice=true&voice_id=18#voice
2010年前期参加者の平均費用対効果は、目先1年で50万超えでした。

● 無意識と体に届く言葉の使い方講座(スクール)

<体を扱う仕事をされている方・したい方への講座です>

◆普段あまり接することのない分野の方とご一緒でき、とても良い刺激を頂きました。ありがとうございました。自分に対してと、他人に対して、言葉が一致していないと、無意識のレベルで伝わってしまう・・・言われてみるとなんとなく、分かる気がします。
 生徒さんの気持ちや「教える」ということしか考えていなく、自分がどう感じているか?どんな気分でいるか?という事は、日ごろからあまり考えていませんでした。
私も沢山の人に習ってきましたが、何が良いというのではなく、やはり言葉に説得力のある先生のクラスはとても好きです。同じ言葉でも、ほかの人が言ったらぜんぜん違うように聞こえることもあります。
 人に教える」というより、まず自分と向き合うということができていない自分に気づかされましたので、そちらのほうでまず「実践」してみようと思います。
(ダンス講師 36歳 女性)

◆とても良かったです!!おふたりの小手先テクでないという姿勢が、セミナーに現れていて、様々な所で、気付きがあり『あ~わかるわかる』”という所がたくさんありました。
 それにしても、とも子さんと咲子さんのワークショップの雰囲気作りは素晴らしかったです。お二人の自然体の感じが、僕にはとても心地良かったです。また同時にたくさん学ぶ事があり、本当に勉強になりました。
(パーソナルトレーナー 32歳 男性)

◆1日があっという間に過ぎました。なんとなく感じていた疑問に対するヒントがありました。
 言葉の選択によって、(無意識に)限界や広がりを暗示している事、その結果によって、同じことを伝えていても、心地よいと感じたり、変化を感じなかったり、違和感を感じる等の違いが知ることができてよかったです。
 言葉を発する際の、潜在意識と顕在意識の切り替え等を教えて頂いてスッキリしました。
(ボディセラピストを目指してトレガーを勉強中 38歳 女性)

◆自分に行き方、日々の生活、考え方のひとつひとつが、無意識に言葉として出てしまう事を再認識しました。再認識した上で、もっとラクに楽しく言葉を使えるようにしてみたいと思います。
(アロマセラピスト 34歳 女性)

◆とても楽しいクラスをありがとうございました。参加の方々もそれぞれのフィールドを持つ方々でとても興味深かったです。おふたりのキャラもいい感じです。「私」と「仕事」を重ねていく大切さに気付きました。
未来に意識を向けることは、以前学んだものにも共通することがあって、なるほど!と思いました。
(ボディセラピスト 52歳 男性)

◆お二人の素晴らしい先生方には長時間指導をして頂き、ありがとうございました。緊張もせず(自分としては珍しい事です)先生方の話がわかりやすかったので、たくさんの気づきがあり、とても勉強になりました。また、参加した方々もとてもいい雰囲気を醸し出していたので笑顔満載で、本当に楽しくいい時間を過ごす事が出来ました。
 言葉=自分の一部、ですね。日常生活の見直しをしていこうと思います。
(ピュラティスインストラクター 49歳 女性)

◆講座で学んだ事を、仕事にどういかそうかと声をだしてみたり、クライアントさんに試しています。
 左半身麻痺の方に、講座で学んだ表現を活かして、話しかけたところ、以前より動きが良くなっていました。クライアントさんも私もそう感じていました。この調子で、やってみようと思います。言葉ももっと色々探してみます。本当に言葉は、大切だなーと思いました。
(鍼灸・マッサージ 女性 40歳)

上記のような分野の他、ヨガインストラクターなど、様々な分野の方にご参加頂いています。

いつも同じ分野の人達で学んでいる分、違う分野の人の意見から得たものは大きかったというコメントは講座内でも多く聞かれました。違う分野の人が、同じものを考えるからこそ、全く新しい見方が出来たり、分野を超えた共通の本質的な部分を感じられるのかもしれません。(^^)

● 年齢退行療法&GIFT 27歳 Mさん

自分を認めることができないMさん。自分の好きなもの(何を食べたいか?等)さえも分からなくなってきて、来談されました。
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催眠後、すぐに電車に乗る事がなんだか惜しくて、少し散歩をしてから帰りました。根本から揺らぐような不安に襲われる事がなくなったように思います。

手帳を買って、その日にした家事を書いてみました。頑張ったなぁと思ったら、シールを貼ります。乗り物恐怖症の方のお話で、桧良手さんに見せなきゃいけないから(毎日の宿題を)頑張って○を付ける方がいるというお話の時に、『確かに、誰かに見せなきゃと思うと続くな』と思い、途中からは主人に貼ってもらうようにしました。10個たまれば、少し大きなシールが貰えるという決まりにしました。何だか楽しみに記入しています。

あと、「ありがとう」と言われた方がルン♪となるというお話、目から鱗でした。つい癖で「ごめんね」といってしまう事がありますが、すぐにありがとうを付け加えます。

手帳にも『ごめんねよりもありがとう』と書いてみました。そうしているうちに、癖で謝りそうになる時にも、本当に今は『すまない場面』なんだろうかと一度立ち止まるようになってきました。そして、ありがとうの方が似合う場面だと思える時がありました。

焦らずに、少しずつ進みたいです。家族も、「焦らずいこうよ」「変わってきてるよ」と、その時に応じて声をかけてくれています。弱い部分も人に話していいのだと、最近気がつく事が出来ました。

前回お話ししたように1回目のセッション以来、あんなに治らなかった過食はピタリと止みました。どうしようもない不安に襲われて、いつも不安から逃げるために過食していました。
(※セラピーは過食を治す目的のセッションでありませんが、結果的にその後無くなったとのことでした)

セッションで、母の存在や私自身の存在を確認し未来の自分に出会い、過去の自分と母を許す気持ちと未来の力強い自分と、一体になることが出来ました。

そして、自分の感情が受け止められるようになってきました。自分の中に、以前は存在しなかった揺るがない力強さを感じることができます。

2回目のセッションは、またまた本当に役に立ちました。過去の彼と主人が重なって感じられ、見えない影にいつまでも脅かされていましたが、宇宙の彼方に捨てることが出来ました(笑)。

たまに不安になるときもあり、またあの感情が戻ってきたのではと慌てますが、よく考えて、妄想ならば心の中でデコピンをして丸めて投げ捨てるイメージをします。

不安になるよりも、自分自身の人生に興味が出てきました。以前とは違い、裏切られたら私も終わってしまうという考えは消えて潔い気持ちだけになりました。

とても生きやすくなってきました。自分の考えに気づく時間も以前より早くなって、したいこと食べたいもの好きなものが、すぐに分かるようになりました。

休んだ自分もダメな自分も、愛おしく思えるようになってきています。心も許してしっかり休めば、また立ち上がれることも少しだけ分かってきました。

もっと行動の範囲や自分の楽しみを広げ、他人への意識や緊張から解放されて、新しい世界や友人関係を持ちたいと思っています。

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Mさんからは、その後もご連絡があり、自分らしく色々な事に挑戦して、自分の世界を切り開いていっているようです。気付きをすぐに行動に移し変化していくMさんからは、過去の自信の無いMさんはもう見当たりません。ますます素敵になっていくMさんを応援しています。

● 年齢退行療法 24歳 Fさん

(補足:Fさんは精神科に通っており、主治医の受療の許可が出るまで半年間待った方です。半年後、症状を見たうえで主治医から許可が出たため、受療されました。)

改めまして、昨日は本当にどうもありがとうございました。

ゆっくりと眠り、1日経ち、大分気持ちもまとまったので、メールをさせていただきます。

初めのカウンセリングから、催眠に入った時のこと、最後に意識と無意識の統合や自分自身と向き合うことについてのお話まで、本当に、桧良手さんの色々なお心遣いがあったからこそ、とても有意義で心地のよい時間を過ごせたのだと思います。

(セッション当日まで)普段は、薦めていただいたCDで瞑想の練習をしていましたが、実際に1対1で催眠に誘導していただくのは初めてだったので、初めは「うまく入れるかな?」と少し心配している気持ちもありました。

でも、実際にセラピーが始まると、緊張していた気持ちがすっと軽くなっていくのを感じ、頭を右に、左にと動かしているときには、とても頭の力が抜けていきました。

セラピーでは、懐かしいグラウンドに戻った時、中学時代の自分の姿と友人の姿がありのままに浮かんできました。中学のグラウンドから校門を経て、自宅に帰るとき、当時の苦しい気持ちがよみがえってきて、自宅に入ったときには、とても寂しい、孤独だという気持ちで、涙が出そうになりました。

わたしが一番辛いと感じていたところに戻った時、それは、今まで鮮明に思い出せないようにふたをしていた部分だったにも関わらず、鮮明にそのときの情景と感情を思い出し、涙が止まらなくなりました。

いつも昔のことを思い出すときには、どこかで母のことを責めていたように思いますが、セラピーであの時に戻った時、素直に「辛いのに助けてあげることができなくてごめんね。」と言っていました。
そして、母、そのときの私、現在の私の中に交互に入っていったとき、当時の何もできなかった自分と、母を、認めることができたように感じました。

そして、自分と母を認めることができた後、最後に未来の自分が見えた時、わたしは、今の自分からは思いつかないくらいにとても安心して、きらきらとしていました。

中学時代は、家に帰ったときに、母や姉が喧嘩をしていても、それが日常だったので、いつも自分の感情を鈍磨させていたように思います。一番辛いと感じたその日も、どこかで感情的な自分と冷静な自分がいて、分離しているような感覚を抱いていたことを思い出しました。

そして、その分離したままの感覚をセラピーの当日までずっと持っていて、そういう自分の過去が自分の闇の部分であって、人には理解してもらえないんだという孤独感につながっていたように思います。
同時に、当時、辛かった思いを言えなかった母に対して、マイナスの感情を抱くことも多かったと思います。

でも、今は、辛かったことは確かにあったけれども、それが今の幸せを奪うものではないという確信が生まれました。
時には、マイナスの感情を感じることも、ひょっとしたらあるのかもしれませんが、これからの自分を創って行くのは自分なのだということが、実感として持つことができました。
そして、自分自身を認めることは、自分が一番自分に対してしてあげることなのだと感じました。

最後に、お話いただいたように、今までのわたしは、自分の中でふたをしてきたことや閉じ込めてきたことがいっぱいあって、それを見ないふりをして過ごしている時間が長すぎて爆発してしまったのだと思います。

そして、目先のことや周囲の人と比較することに頭を使いすぎて、自分の内面の声を聞くことや、自分の中でばらばらになっている感情や意識をできる限り一つに近づけることをおろそかにしてきたように思います。

そうしたことを続けていたから、色々なことがモヤモヤしていたり、よかれと思ってやってきたことが、結果的に周りに迷惑をかけてしまうことになったり、ということに繋がっていたのではないかと思います。

今は、色んな点で立ち止まっている時ですが、自分の内面の声をきちんと聞いたり、自分が心地いいなと思うことを自分の中に取り入れていったりするために、とても大切な時期なのだと、心の底から思うようになれました。
セラピーで見えた未来の自分は、きっと自分自身のこころに素直になることで、そうなっていくのだろうと感じました。

今回のセラピーで感じた「とても自由な気持ち」・「自分を認めている感覚」を忘れずに、焦らず、ゆっくりと進んでいきたいと思います。

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その後もFさんからは、時々、様々な変化のお便りを頂き、お母様とも買い物にいったりと良い関係が築けてきたとのこと。「相手に変化を求める前に、自分も変化していくといいのだなぁと思っています」といわれた言葉が印象的でした。

あなたの前提が、引き寄せる未来を変える~結婚(子供ができてから)編~

去年の11月に私が、コラム
あなたの前提が、引き寄せる結果を変える!~結婚(パートナー)編~

を書いた時に、まっさきにメールを返してきてくれたのは、会社社長をしてて結婚していて子供もいる親友でした。

彼女は、「結婚すると自由になる!そのとおりだねぇ!」とメールしてきました。

ちなみに、社長と書くと、お金でなんとかしていると思われてはいけないので補足すると、彼女の夫婦は(それぞれが違う会社で)共働きで、子育ては、旦那さんと彼女が協力してやっています。

結婚して、旦那さんがいて、子供が生まれて、そして、以前より自由になっている夫婦。存在しているわけですね!

自分の前提=自分の現実であり未来、なので

そういう人もいる、と思っている人の周りには、そういう人達が存在しているはずです。引き寄せるからです。

え~~周りにそんな人いますか??と思っている人(「そんな人いないだろう!」という前提の人)の周りには、あまり(または全然)見当たらないのです。

これをパラレルワールドと呼んだりもしますが、類は友を呼ぶので当然かもしれません。あなたの前提が、友や人やパートナーを呼ぶのです。

結婚したら(子供が出来たら)、あれもこれも、それも不自由になるものだよね・・という前提で生きている人と、そう思ってない人は、違う未来を引き寄せているはずです。

彼女と同じ条件でも、
「不景気だし、社員もいるし・・・旦那もいるし・・子育てもあるとすれば、絶対に大変になるはずだ」
という前提でいる結果、不自由な現実を引き寄せる人も、たくさんいるだろうなと予想します。

彼女は、そういう前提で生きていないのが、いつも言動から伝わってきます。

自分の前提=自分の現実&未来、なのですね。

どんな人も、自分の前提が作り出す現実の中で生きる事になります。

あまりに当たり前すぎて「え、だって、こういうものでしょう?」と思っている事は、人間たくさんありますが

これが、普通当たり前だと思い込んでいる前提に、一度疑問を持ってみることは、とても意味のあることです。

そもそも「何が当たり前」なんて、国や文化によって、随分違うものです。

日本人にといっての「当たり前」が、海外のどこかの国の「非常識」「え?なぜ、そんな風に考えるの??」という事は多く存在します。

「これが当たり前じゃない?」と思っている人は、その世界(井戸の中)でしか生きないので、それしかみえないし、それ以外に出ようとしないので、そのままそこで暮らすはずです。

でも、外にでたら、もっと別の可能性がいくらでもある。

それに気付けるかどうか?

つまり、(知らない間に、顕在意識で当たり前だと思っている)枠に気付く。
それに気付いた上で、自分が本当に望む枠に変えるという選択をしていけるかどうか?なのです。

2011年、あなたは、どんな枠をはずしますか?

いままで「これは、こういうもの」と思っていた枠をはずして、新しい2011を引き寄せていけたら、楽しいですね!
(枠を外して未来を考えるセミナーは、3月27日に開催しますので、興味ある方は文末をご覧下さい)

今回のコラムで紹介した友達も、素敵ですごかったのですが、上には上が!
さらなるツワモノは世の中に存在しているようです。

実は、2011年の年賀状で、私の前提をくつがえしてきた素敵な年賀状があったのです。

私もさらに、色々な分野で、まだまだ前提を変えていけそう!という可能性をヒシヒシ感じたのですが、それは、どんな年賀状だと思いますか?

これを見れば、あなたの前提も、またまたくつがえるかもしれません!
(なぜなら、私も目から鱗だったからです(笑))

次回コラムでは、それをご紹介したいと思います。

どうぞお楽しみに♪

★3月27日(日)枠を外して未来を考えるセミナーの詳細・申込はこちらから↓↓
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_event=true&event_id=79
その他セミナーも開催しています。ご興味ある人はセミナーページをクリックしてください。

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あなたの前提が、引き寄せる結果を変える!~人間関係編~

色々な本に「もう既に手に入れたかのように振舞うと、手に入る」と書いてありますが、この意味を本当に理解している人は少ないように感じます。

前回のコラムでは、あなたの前提が引き寄せる結果を帰る~結婚編~↓↓
https://www.hypnotice.jp/index.php?action_column=true&column_id=94
としてお話しましたが(かなりの反響がありました!)

今日はそれを、人間関係という事例を使って、なぜ、前提が結果と
繋がってくるのか、さらにお伝えしてみようと思います。

多くの相談にのっていると、人間関係で悩む人はとても多いです。
(人間関係で悩んだ事が無い人も、この世にいないでしょう)

その中には、「人が自分をどう思っているのか気になる」「嫌われたらどうしようと思って、相手に合わせてしまい、あとからストレスが溜まる」という悩みも多く伺います。

この時、私が「それでは相手との間に、もし絆や信頼関係があったらいいなぁ・・と思いますか?」と聞くと「はい、そうですね」と皆さん答えられます。

ここではっきりさせたいのは
「Aさんの前提」=「相手との間に信頼関係や絆が無いという前提」
ということです。

この「相手との間に信頼関係や絆が無い前提」から、それを手に入れようと必死になって、何をするのか?というと

「相手の顔色を伺って、思ってもいない事にYESといってしまう」
「相手の好かれそうな意見ばかりを述べてしまう」
「それは違うと思っても、言わないでおく(でも後から腹がたったり、モヤモヤする)」

という行動が生まれてくるのです。

ところで、ここで質問です。

「そんな風にあなたの顔色をいつもビクビク伺っていて、納得できない意見をいってイライラしてそうな部下」
と、
「あなたを信じて、意見を率直に伝えてくれる部下」

あなたが上司なら、部下はどちらがいいですか?

と聞くと、先ほどのことで悩んでいた全員が、
「率直に言ってくれる部下ですね」
と答えます。

その理由は?と聞くと
「信頼されてると感じられるから」
と答えます。

つまり、部下の「どこかで相手を信頼している」という無意識の前提があなたに伝わっているのです。

そういう前提にたって発せられる日々の言動に接していると、言われているほうは、その信頼感がある前提にグイグイ巻き込まれていきます。
信頼されている前提だと、こちらも安心して信頼できる。

その結果、絆や信頼関係が生まれるのも、時間の問題です。

ところが、顔色を伺ってびくびくしている部下というのは、あなたの事を、どこか信頼していません。その前提で日々発せられる言動に接すると、あなたも気分が良くありません。

よっぽど怖い上司だと思われているのかもしれない・・何かマズイ事言ったかな?

とあなたが感じれば感じる程、その部下が難しく感じられるのです。

その結果、お互いに顔色を伺うその部下とあなたの関係は、絆や信頼感からどんどん離れていきます。

この「率直に言う部下」と「ビクビクする部下」は、同じ上司の下にいることがあります。前者は上司の信頼感を引き出し、後者は上司から不信感を引き出しています。

つまり「自分の前提」が、人間関係を創るのです。

あなたが、その相手との間に既に絆や信頼関係があったとしたら、どういう態度をとるでしょうか?

その態度で、相手に接していれば、相手もあなたを信頼する可能性がとても高いのです。

「表面的な言葉」でなく、その言葉の「前提」が相手に伝わってしまうのが、コミュニケーションの本質。

「望むものや欲しいものが、既にある前提」だとしたら、どういう態度をとるかな?なんて言うかな?
と考えていく事は、とても生産的なことだと思います。

最後にまとめると、コミュニケーションでも人間関係でも、
それが無い前提から考えると、それが無い未来に繋がるような行動ばかりしてしまう。

それがある前提から考えると、それがある未来に繋がるような行動ばかりしてしまう。

それが人間です。

綺麗な言葉でつくろっても、あなたの心の底にある前提が、相手に伝わって、現実や人間関係は生まれてきます。

オープンに何でも話す人は、相手を信頼している前提が相手に伝わり、相手も心を開いてくるので、結果的に親友が多くなります。

人を変える事は、できませんが、自分の前提を変える事は、できます。

相手が「無い前提」できても、あなたが「ある前提」に立ち続けられるかどうか?

特に、人間関係の場合には、最初が肝心です。

人間関係を考える際、
「今はそれ(欲しいもの)が無い前提」で行動を起こすのではなく、
「もうそれ(欲しいもの)が既にある前提」だとして、行動してみたらどうするかな?

と一度は是非じっくり考えてみてください。^^